第12話

「……で、どうだった? 私のネタ、どうだった?」

 ぼくは美矢の顔を見た。誉められることを信じて疑わない満面の笑顔だった。

 どこからつっこめばいいものやら、言葉につまる。

「あー、ちょい待ってね……なんて言うんだろうな。間違い探しをさせられている気分やったわ」

「まちがい……さがし?」

 間違い探しというフレーズを楽しげなものと勘違いしたようだ。美矢の瞳は輝きを増した。

「まず、ちょんまげ無双って芸名はなんやねん? どういう意味やねん?」

「や……それは……」

「せめてヅラをかぶるとかして工夫せえや! ちょんまげでもなんでもないやんけ! ただ『ちょんまげ』ってフレーズを口にしたかっただけやろ? 小学生か!」

「い、いえ……高校生……」

「さらにぃ! 室町時代なのに、なんで洋式便所なんだよ! しかも基本的にトイレの中でしかできごとが起きてないってどうなんだよ! そんなにトイレが好きなのかよ? トイレには神様がおるんやでってか? ああん?」

「……う」

 美矢の背が曲がり、瞳がうるうると潤ってきた。だけどもう、ぼく自身を止められない。サディスティックな欲求に身をまかせてしまえ。

「それに一休さん、どんだけウンコ硬いんだよ。僧侶なんだから、野菜食べてるだろ? 植物繊維とってないのか? ウンコきばってるときの顔、なんなの? 可愛いんだから、あんな顔するなよ、マジで引いたわ。だいたい女子高校生がウンコネタって、ありえないよね? 小学生男子か! コロコロコミックかよ!」

 美矢はぼくの後方に視線をむけ、軽く手をふった。

「おい、誤摩化すなよ! そりゃちょっと笑ってしもたけど、ウンコはやめておけ! 品格疑われるから! あと、お前小声でチーン、ポコッて言わなかった? 空耳? んなわけあるかい! なんで半笑いなんだよ! 次からはウンコもチンコもないからな!」

「もしもし……こんにちわー」

「って、うお!」

 いつのまにやら優が部屋に入ってきている、ぼくは赤面した。

「いや、ぼくが考えたわけではなく、美矢のネタに注意を……」

「一休さんがトイレに行くやつでしょー。親戚の男の子に見せたら、バカウケだったんだよねー」

 はい、わかりますよ。子どもはウンコやチンコで喜びますもんね。

「と、とにかく! 次にネタを作るときは下ネタ禁止な! わかったな?」

「真沙紀は男子だから、このネタが一番あうと思ったんだけどなー」

 美矢は少しふてくされている。自分のネタを批評されたのは初めてのことなんだろう。おっとりした優の性格なら、どんなネタでも全肯定してくれそうだもんな。

「じゃあ、他のネタも見てみる?」と美矢。

「え、他にはどんなのがあるの?」

「いっぱいあるよ。一休さん、大地に立つ。一休さん式クリスマス、一休さんアメブロを始める。2001年ひとやすみひとやすみ。ゴルゴ193。他にも、えーっと」

「わかった、わかった、わかった。タイトルだけでお腹いっぱいになってきた。ちょっと一休さんから離れよう。というか離れたい」

 室町時代なのに、なんで洋式トイレとつっこんだのが馬鹿らしくなるくらいに、他の一休さんネタは世界観がめちゃくちゃだ。

「さっきみたいにさー。真沙紀くんのツッコミを入れるだけで、二人用のコントが完成するんじゃない?」優がにっこり笑って首をかたむけた。

 ダメだ。おそらく優も少し天然が入っている。あまりに楽観的なのも考えものだ。

「あのさ、今まで美矢がしてきたお笑い活動ってどんなの?」

「一休さんの新作が思いついたら、優に録ってもらってネットにアップしてたよ」

「その、ネットにアップね。それを続けることで、いったいどうなるの?」

「その動画がたまたま火をふき炎上し、再生回数がうなぎ上りにあっというまに百万を越え、某大型掲示板でも、可愛すぎるにもほどがある! とスレッドが乱立し、野球帽にサングラスをかけたどこかの大物プロデューサーがデビューをさせてくれる展開に……」

「ないないない! 漠然としすぎ! それに四ヶ月で再生回数が二桁なんだから無理だって」

「じゃー、いったい私にどうしろって言うの!」

 美矢、まさかの逆ギレだ。一休さんを批判したことで怒りが蓄積していたのかもしれない。

「ちょっとはアイデアを出してくれたっていーじゃん! そんな頭ごなしにダメダメって言わなくてもさー」

 美矢はこぶしをかため、ベッドを殴った。完全にふてくされている。

「いや、俺の仕事はツッコミで。すでにあるものを調整するしかできないっていうかね。ゼロからアイデアを作るのはとても……」

「おちつこ。二人ともおちつこ。いったん考えを整理するよー」

 優が鼻にかかった可愛い声で仲裁してくれた。

 ぼくは考えてみた。現実的な路線で。いったい自分になにが必要なのか、美矢とぼくはなにをする必要があるのかを。

 そして答えはすぐに出た。それしかありえなかった。

「ようくわかったよ。ぼくたちがなにをするべきなのか……」

 美矢と優が、ぼくの顔を見る。彼女たちが今までに見せたことのない真面目な顔だ。つられて、ぼくも引きしまった気分になる。

「ネット社会のドリームみたいな大掛かりな成功じゃなくて、小さなとこからコツコツいこうよって話。今のままじゃ、誰も見ていないし、お笑いをやっているという実感すらないだろ? アマチュアバンドだって、大道芸人だって、ブラスバンド部だって、客の前でパフォーマンスをする。つまり、生きている人間の前で生のコントを見せるんだよ!」

「そっかぁ、だからライブって言うんだねー」

 優がほんわかとした声でこたえた。

「そう、ライブ、生きているぼくたちはライブをやるんだよ、生き生きと」

 ぼくたち? そう、ぼくたちだ。人前でなにかをやるだなんて、真沙紀よ、お前なんかにできるのか? 知るか、そんなこと。明らかに自分の言動に興奮して、自分のムードにのせられているけど、ぼくはいま、ひさしぶりにワクワクしているんだ。

「人前でやる……のね。どうしよう? ロケット公園で遊んでるガキんちょ集めて、その前でネタ見せしよーか?」と美矢。

「いーね、それ、私、カメラまわすよー」

 美矢も優もなんともお気楽なノリだった。

「そんなんじゃ、ダメだよ!」

 ぼくの突然の大声に優はびくりと身を震わせた。なにより、ぼく自身が自分の大声に驚いてしまった。

「そんな、ごっこ遊びみたいなやり方じゃなく、ちゃんと舞台と客席に境界線を引かなきゃダメなんだ」

 とはいっても、いったいどこでライブをする? 

「老人ホームで慰問公演なんてのはどう?」と優。

「お年寄りは退屈しているから、なにをやって歓迎してくれるよ、ぬるい」

「イギリスのパンクバンドみたいに刑務所でライブしようよ!」と美矢。

「全面的に却下!」

 練習の成果を見せたいのは誰だ? ガキでもなければ老人でも囚人でもない。

 同年代の人間たちだ。

「そうだ。なぁ、この学校の文化祭でやるっていうのはどうだ?」

「文化祭!」

「その発想はなかったよー!」

 文化系青春フィクションではクライマックスに文化祭のシーンが出てきたりするものだ。

「真沙紀くん、すごい、勇気のある人だねー」

「さすがの私も武者震いがとまんないよー」

 ん? ちょっと待て。文化祭ってあれでしょ? 校内には飲食の模擬店があったり、美術部や写真部の展示があったり、体育館ではバンドや演劇部のステージが催されていて、学校の中をだらだら自由に見て回れるという……。文化祭でお笑い部をすることが、そんなに緊張することなのか?

「え……もしかして、ちがうの?」

「うちの学校ではね、正式には文化発表会といって、学校ではなく市の文化ホールで行うのよ。演劇部や、合唱部、それに吹奏楽部がメインなんだけど、全校生徒強制参加のイベントなの! すごいね、真沙紀くん。度胸あるよ!」

 優が初めておっとりしていない口調でしゃべった。いや、だから全校生徒が集まるなんて知らなかったんですけど。

「たった二人で六〇〇人以上の前でコントをするなんて。それも初めての舞台で。さすがの私も想像しただけで吐きそうになってきちゃったよ。でも、これも乗り越えなきゃならない壁なんだよねっ!」

 マ、マジでか……。せいぜい五、六〇人くらいに見てもらえればと思っていただけなのに。

 ぼくは完全に日和っていた。

「よーし! いっちょでっかい花火を打ち上げてやりますか!」

「私にできることならなんでもするよっ! 私にも思い出をちょうだい!」

 美矢と優は手を重ねだした。

 ぼくはこの企画からおりたくなった。君ら二人でコンビを組んだら? と言ってしまいたかった。

 だが、美矢と優の視線はぼくにからみついていた。

 さ、こい! ぼくを信じて疑わない瞳をしていた。

「イ、イエーイ!」

 震える唇で腹の中の空気を吐き出し、ぼくはそっと彼女たちの手に、自分の手を重ね合わせた。

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