第10話 名前で呼んでよ

 二日後の夕方、ぼくは美矢とロケット公園で待ち合わせた。


 通学ルートからは離れているので、ロケット公園で同じ学校の生徒は見たことがなかった。ライガーさんが来ていないか公園を一周していると、美矢に後頭部をチョップされた。


「思ったより早いな。前から聞きたかったんだけどさ、一ノ瀬は部活入ってないんだよな?」


「うん、ヒマと若さを持て余してるよ」


 ジャングルジムから飛び降りるようなアクティブな人が、運動系の部活に入っていないのは不自然に思える。


「一ノ瀬はさ、どうして運動系の部活に入らなかったの? 体動かすの得意そうに見えるんだけど」


「その一ノ瀬って呼ぶのやめにしようよ」


「じゃ、なんて呼べばいい? ニックネームとかあるの?」


「別にないね。だから下の名前で呼んでよ!」


 恥ずかしながら、ろくに異性と交遊したことがないので、女子を下の名前で呼んだことがない。いや、幼稚園の時は女子のことを下の名前で呼んでいたような……いや、それはノーカウントだな。


「……じゃあ、呼んでみるけど……美矢。うー、照れくさい。名字でいいじゃん。なんであかんの?」


「よく聞いて。お笑いの相方というのは、たがいのことを熟知してなきゃなんないの。名字で呼び合うなんてよそよそしいのはよくないよ」


「いや、普通に名字で呼び合ってると思うけど、太田とか田中とかって」


「それは男同士のコンビだからじゃん。ほら、宮川大助・花子はどう? あの二人は名字で呼び合わないんじゃない?」


「あれは二人とも宮川だろうが!」


「あ、そっか。ナイス、ツッコミー!」


 美矢はぐっと親指を立て、ウィンクをした。く……なんかムカつく。


「ツッコミというか、間違いを正しただけだよ。ま、いいや、学校の外では美矢って呼んでみるよ。学校の外ではね」


 一ノ瀬ではなく美矢と呼ぶ。その方が美矢の友達である山科優ともてっとり早く親しくなれるだろう……ぼくにはそんな思惑があった。


「で、さっきの質問。なんで運動部に入らなかったの? 美矢ならすぐにレギュラーになれそうだけど」

「自分で言うのもなんだけど、たしかに球技も得意、走るのも速い。でも、私の場合、いつも生傷がたえないのよね……」


 それは初対面のときに確認しています。トラウマになりかけるくらいに。


「私ってば、そそっかしいんだろうね。携帯電話もやたら壊したり、なくしたりするし、ついには親に取り上げられちゃったし」


 そうか、美矢のそそっかしさのおかげで優と電話で話すことがかなったというわけか。会話といっても伝言程度のささやかなものだけれど。


「そういや、山科さんにネタを録画させてるって言ってたよな。どんなネタなんだ?」


「うん、体の動きとニュアンスで笑わせるっていうのかな。一人でボケてツッコんだりとかしつつ、見終わった後に深く考えさせられるような……」


 全然わからん。聞いているだけでもどかしい。ここで、なるほどーと知ったかぶって話を切ることは簡単だけれど、これから美矢とは積極的にコミュニケーションをとらなきゃならない。


「ぜんぜんわからないよ。もっとこう、劇団ひとりみたいなとか、ギター侍みたいなとか、具体例はないの?」


「じゃ、見てみよっか!」

 美矢はぽんと立ち上がった。


「え? なに? ここでやる気か?」


「それもかまわないけど、せっかく録っているから動画で見るのよ。いくよ、私んちに」


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