第9話 ランチタイム
保健室を出て購買部に向かって歩いていると、いつのまにか後ろに美矢がいた。
「ちゃんと寝ときなよ」
「横になってるの飽きてきたんだもん、どうせなら自分で選びたいしね」
廊下に生徒たちはあまりいなかった。まだ教室で弁当を食べていたりするのだろう。おかげで女子と二人、ならんで歩いていてもあまり気にならなかった。
「私さ、さっき優に、君を相方って紹介しちゃったじゃん」
「あ、おう」
「私に恥をかかせないでおこうと思って、あわせちゃった?」
「ん、まぁ、そういう部分もなきにしもあらず……かな」
美矢の恥とかはどうでもよく、優の可愛さについ、ね……。
「嫌だったらちゃんと断ってね。私は君がいいんだけどさ」
あれだけガンガンにアタックされていたのに、急に物わかりがよくなると、どうも調子が狂う。
「やっぱ、お前、体調よくないみたいやね」
「ん?」
美矢はきょとんと首をかしげる。
「なんでもない」
★
購買部手前、掲示板のあたりで優の姿を見かけた。
優は一人の男子と談笑していた。胸に緑のバッヂ。三年生の男子だ。
優はぼくと美矢の姿に気づくと軽く手をふった。普通にしていても笑っているような目の形をしている。きっと本気で笑うと目がなくなるのだろうな。
「君も、ああいうのって気になる?」
唐突に美矢が聞いてきた。
「え、や、別に、なにが? いっしょにしゃべってる男子は誰だろうかなって、どんな関係かな、三年生となんでいるのかな、なにを話してるのかなって、その程度の関心だぜ」
「興味ありまくりじゃん。優はね、けっこうモテてるみたいよ。一年のときの私ほどじゃないけどね!」
美矢は腕を組み、ふんぞり返った。
「へー、ふーん」
可愛い顔をしてそういうことを言うなよ。ぼくが女子だったら敵が一人増えているところだ。
「私が教室にいないときは、男子によく話しかけられているよ。私が隣にいるときは男子も寄ってこないんだけどね。不思議なことにさ」
これからもマンツーマンディフェンスお願いします。
チャイムが鳴って、しばらく経つというのに、購買部はまだ生徒たちで賑わっていた。ぼくは自分のためにミルクフランスとハムエッグ。美矢のためにカツサンドとアンパンを買ってきた。
「奇跡だよ。カツサンド売りきれてるかと思った」
「天気がいいから、中庭で食べようよ」
美矢の提案についのってしまった。はたから見て、この変人と交際しているように見られるのは、自身の学校生活を危機に陥れてしまう。だが、優が合流する可能性があるのなら、喜んで。
昨夜の雨のせいか少しベンチが湿っていたので、浅く尻を乗せた。美矢は堂々と尻を下ろし、おっさんのように両膝を広げた。
中庭では三年生の男女七人が輪になってバレーボールをつないでいた。全員が見栄えがよく、じつに楽しそうだった。
「不細工がおらへん。まるで青春群像劇やん」
誰に伝えるでもなく、ぼくの口からそんなコメントが漏れた。ぼくや小野寺たちのグループとは大違いだ。男女混合という意味では上田たちのグループに近いが、上田たちとは違い、彼らには清潔感があった。見ていて素直に羨ましいと思えた。
「私ね、思うのよね」
「なに?」
ぼくはハムエッグの袋を破いた。
「ほんの三、四年前は男女関係なしに泥まみれになって遊んでいたのに、男子はあっさり身長を抜いていくし、私たちだって、頼んでもないのに生理がきたり、胸がふくらんだりして、そんなことにみんな振り回されて、なにしてんの? 動物なの? なんて思うのよ」
「は、はぁ……」
「だから私は恋愛を否定するよ! スターウォーズのルークも童貞だったけど、女といちゃつきまくっていたアナキンは暗黒面に堕ちたし、私は恋愛を否定するわ!」
美矢は立ち上がり、拳を握りしめ、ぷるぷると震えていた。
なんだ、この女。変なことを言うやつ。そんなこと、力説することか?
山の天気以上に、表情がコロコロ変わって見ているだけでも楽しいやつだ。それに美少女だというのに、不思議と異性として意識せずにすんでいる。
「まぁ、その、力むのやめて座って」
美矢は素直に座った。猛獣の調教師はこんな気分なんだろうか。
「……お笑いの話だけど、ちょっとなら一緒にやってみてもいいかなと」
美矢の手からアンパンがこぼれ落ちた。
「ほんと、やったー! やったー!」
美矢は両腕をあげ、飛び跳ねた。円陣バレーをやってた三年の男女がこっちを見て、微笑んでいた。
「じゃ、これ、昨日みたいなの不便だから連絡先あげるね」
美矢はブレザーの胸ポケからペンとメモ帳を取り出した。
「いつもそんなの持ち歩いてんのか?」
「いつ、どこで面白いことを思いつくかわからないからね……はい、これ、優の携帯番号ね」
渡されたメモには080から始まる11桁の数字がならんでいた。
「サンクス……って、ええ? 優さんの携帯番号?」
この女……アホだと思ったけど、ぼくに気を使ってくれているのか? ぼくの恋を応援してくれるというのか?
「今、勘違いしたでしょ。私、携帯持ってないから、なにかあったら優に伝えてって、そんだけ。私、あの子と同じクラスなの」
そういうことか。たとえそうだとしても、嬉しいし、ありがたい。この電話番号、額に入れて飾っておきたいくらいだぜ。
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