第8話 姫

「ド、ドストライクやん」


 誰にも聞き取られないような小声でつぶやき、ぼくはその場に立ち尽くした。


「美矢、もしかしてこの方が?」


 おっとり系美少女は首をかたむけ、ぼくの顔を覗き込んできた。距離が近い。息があたっている。


「そ、私の相方」


 さっきまでの会話の流れを完全に無視し、美矢はごく自然に言った。


 おっとり系美少女の顔をちらりと見た。今までぼくは黒髪のショートカットにたいして、野暮ったい印象しかなかった。だけど彼女はそれを完全に覆してくれた。むしろ、好きな髪型がショートカットになってしまうくらいの破壊力がある。それに、あぁ……なんていうんだろうか、まるでユニコーンを手なずけそうな純真無垢な乙女って感じがする。


 くそう、この子、マジで天使やわ……。


「あ、う、うん、そ、相方やねん」

 ぼくは条件反射的に肯定してしまった。


「う、うぉー、ついに物好きがあらわれたのねー。美矢から聞いてるよ。真沙紀くん、だったよね。私、山科優! 今後ともよろしくね!」


 優はぼくの右手を両手で包み込むようにして握った。なに、このアイドルみたいな握手? 優が相手だったら、握手一回でCD一枚、余裕で買ってしまうぜ。     うぅぅ……夜、眠る前に今のシーンを何度も脳内再生してしまいそうだ。

 というか、もう、あなたとコンビを組んでしまいたいくらいですよ。


「美矢ってば、ちょっと誤解されやすいけどね、根は芯が通ってて正義感も強いのよ。仲良くしたげてねー」

 ぼくは優の目を直視できずに、職質された不審者のように小さくうつむいた。


「んじゃ、私はお邪魔お邪魔。コンビでの新ネタ期待してるねー」

 さらば! 優は軍隊風の敬礼をし、保健室から出ていった。


 どこか芝居がかった口調も、小野寺たちだとしばきたくなるのに。可愛いというだけでこうもお茶目に、こうも愛らしく見えてしまうとは……。

 可愛いということは立派に正義だわ、うん。常に胸ポケットに入れて持ち歩きたいくらいだわ。


「えっと、今の姫はいったい?」

 思わず、優のことを姫と称してしまった。


「うん、同じクラスの友達で。小学校のときからのおつきあい」


「へぇ、長いおつきあいなんだ。ということは、親友みたいな?」


「んー、昔は男子にいじめられてるのを助けてあげたりしてたしね。親友というよりは崇拝されてるしねー。半分、家来みたいな感じかな」

 美矢よ、お前の方が家来になれ。


「部活のない日に、撮影を手伝ってもらったりしてるしね」


「さ、撮影?」


 撮影……だと? 部活のない日に水着姿の優を撮影したりしているのか? なんのために?


「……いま、エロい想像してたでしょ。撮影ってもね、私の一人コントだよ」


「あ、ふーん、あ、おう、やっぱり、だと思ったよ」


「しらじらしいなー」


 ぐごぎゅるふにゅー。


 珍妙な音が会話を遮った。美矢が顔を赤らめている。彼女の恥ずかしがるポイントがまるでわからないな。


「あ、お腹減ってる? そいや、ぼくも昼飯はまだだった。購買でパン買ってくるけど好き嫌いは?」


「ないよ! 虫や花以外だったら、たいてい食べれるよ!」

 目を輝かせながらそんなことを言われても、リアクションに困る。


「……わかった。ちょっと買ってくる。おごるよ」

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