2章

第7話 保健室

 チャイムが鳴った。ぼくは保健室に向かって走り出した。

 階段を一気に駆け下り、チャイムが鳴り終わるまでに保健室のドアを開けることができた。


「あの! 一ノ瀬美矢さんは?」


「こらこら、ノックくらいしなさい!」


 アラフォーの保健の先生はぼくをたしなめた。


「大きな声を出さないの。あそこのベッドで寝ているわ。ただの体調不良よ」

 先生が指差す方向はカーテンに覆われていた。


「じゃ、ちょっと昼ご飯食べてくるけれど、病人を襲ったりしちゃダメよ」


「え、あ、い、いや、う、うん、それは、お、おぉ」


 ぼくは動揺してしまった。ぼくには他人の軽口を真面目に受け止めてしまう性質がある。日常会話において生真面目なぼくに、お笑いなんてむいているわけがない。


 先生が保健室から出て行くと、ぼくはそっとカーテンをあけた。

 美矢はなにかにとりつかれたかのように、天井をじっと見ていた。


「や、やあ。保健室に運ばれていくとこ、たまたま見ちゃってさ」

 ぼくは口の端をゆがめて笑った。


「……ん、そう」

 美矢は素っ気ない返事だった。


「昨日、ロケット公園で待ってたんだけどさ。たった十分だけ待って、来ないから帰っちゃったよ」


「あ、そうなの。たまたま掃除当番だったの忘れててね。そんですぐ行けなかったの。ごめんね」

 美矢はあっけらかんと笑った。


「あ、そうなんだ。もうちょっと待ってりゃよかったかな」


「まぁ、いつでも会えるしね。現にいま、こうしてしゃべってるわけじゃない?」


「あのさ、もしかしてさ……」


「ん?」


「昨日、あの後、ずっと待ってたりした? 昨夜、雨とか降っていたし、それで濡れて風邪をひいたりしたのかな、なんて」


 ぶははと美矢は笑い、ショットガンのようにツバキが飛んだ。ぼくは顔にかかった唾液を手の甲でぬぐった。


「いや、重いよー。雨の中ずっと待ってるなんて重いよー。どこのハチ公よー。いつの時代のドラマなのよー!」


 父が言っていたが、携帯電話が普及する前には、ドラマでは待ちぼうけをするシーンが多かったらしい。たしかに今では電話一本入れれば、すむ話だ。


 それにしても……必要以上に美矢がウケている。なんだかムカついてきた。


「こっちは、ぼくのせいかなって心配してたんだから、笑うなよ! 昨日も家の中で、もし待ってたらどうしようって気持ち悪かったんだからな!」


「ごめんごめん。一時間くらい公園で3DSやって、来ないから帰っちゃったのよ」


「じゃ、なんで倒れたん?」


「私ってしょっちゅうコケたり、ケガするからさ、すぐに体調崩すんだよねー」


「なんか、心配して、すっごい損した気分やわ」


 ベッドから上半身をおこした美矢は、ぼくの顔を見てにんまりと笑っている。


「なんだよ。笑うなよ。ぼくのことを笑うなよ。人を笑わせるのは好きだけど、人から笑われるのは嫌いなんだよ」


「ツンデレ? もしや君ってツンデレ? 君ってなにげにいい人なのねー」


「三次元の人間にツンデレとかいうのやめろよ! もういい! 帰る!」

 ぼくは舌打ちして、カーテンを全開にしてやった。


「あら、初めましてー、ですね」

 保健室の戸がひらき、一人の女生徒が入ってきた。


 半月状の垂れ目をした、おっとり系の美少女だった。

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