第5話 一ノ瀬美矢という女

 昼休みの教室では、小野寺から質問攻めにあった。


「富永どのも隅に置けない。学年でも五指に入る美少女。一ノ瀬美矢といつのまに親交を結んでいたのやら」


 小野寺のセリフは日常会話であっても、妙に説明調くさいときがある。オタク特有のしゃべり方だが、嫌いではない。


「たまたま公園で怪我しているところに出くわしただけだよ」


 小野寺だけでなく、佐久間と堀川も興味津々に顔をよせている。フィクション以外の話を彼らとするのは初めてだ。それだけ一ノ瀬美矢には吸引力があるということなのか。


「あの一ノ瀬ってどういう人なの? ペガサスとか言われていたけど」


 ライガー以上に素敵な通り名が、ずっと気になっていた。

 存在そのものがありえないからペガサスってことらしい。なにしろペガサスは空想上の生き物だもの。羽が生えているので、ぶっ飛んでいるという意味もある。


 小野寺たちはいろいろな情報を教えてくれた。


 一ノ瀬美矢は入学して半年以内に十通以上ものラブレターを受け取ったが、返事はおろかラブレターをくれた人たちの顔や名前も完全に忘れていただとか……。


「このクラスにも一ノ瀬の話をすると嫌がるやついるよ。川島とか、あと東もラブレターを出したとか、むふふ」


 堀川が小声で教えてくれた。


 他の逸話に、小学校のときに靴下を履くのをひどく嫌がり、六年間裸足ですごしたとか。

 小学五年の林間学校ではオリエンテーリング中に班からはぐれ、三日後に発見された。発見時には額に小さな傷があり、そのとき宇宙人にチップを埋め込まれただとか。

 中学二年の秋、いきなりヘディングで廊下の窓ガラスを割り、翌日に包帯を巻いて登校してきたとか、信憑性のないエピソードばかりだった。


「一ノ瀬に告白したやつは、たいてい違う中学校のやつだな。じゃなきゃ、可愛くたって告白なんかできないって。謎過ぎるにもほどがあるよね、彼女」

 小学校から同じだという佐久間から下卑た笑いが漏れた。


「しかし、どの話も真実味が薄いなぁ。六年間ずっと裸足はありそうだけどさ」


「富永どのもずいぶんかばいますねぇ。あ! とっておきのやつを思い出した。あれは高校一年のとき、同じクラスだった沼田さんが言ってたからソースは確実」


 小野寺の話によると、授業中に美矢と英語教師がケンカをしたらしい。理由は前回の授業範囲とかぶっていたので教室は騒然としていた。ヒステリックな女教師だったので誰もそのことを言い出せなかったが、美矢は面とむかって授業範囲の重複を指摘した。すると女教師はなぜか逆ギレし「私の授業を受けたくないのなら受けるな!」と美矢を怒鳴りつけたのだ。


 普通の女子ならば泣いていたかもしれないが、美矢は「じゃあ自習します」と机を廊下に出して、涼しい顔で自習を始めたのだ。その事件をきっかけに英語教師は職員会議にかけられ、あげくに学校を辞めたみたいだ。


「あの先生、平気でテスト範囲をやぶったり、生徒の意見を聞かないし、評判が悪かったから助かったけど、下手したら一ノ瀬さんの内申点はガタ落ちだったろうね」


 なるほど、今の小野寺の言葉が彼女の評価のすべてだ。一ノ瀬さんには今後かかわらない方がいいだろう。


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