第2話 ジャングルジムと少女
「ねぇ、君! さっき猫としゃべってたよねぇ!」
少女は長袖のパーカーに、デニムのスカートを履いていた。衣服に黒い部分がないので人に化けたカラスではないだろう。
逆光に照らされて、少女の顔はよく見えなかった。
「え、え? なんのことかな?」
「さっきからずっと見てたよー。ねぇ、猫の言葉がわかるの?」
少女はぼくより少し年下。おそらく中学生くらいだろう。
万が一、猫と話す少年がいると吹聴されたら困る。ぼくは静かに生きていきたいのだ。
「いやぁ、あれは演劇の練習をしてたんだよ。セリフを読む練習! なんもないところに話しかけるのも虚しいからさ! 猫を相手役に見立てていたんだよ!」
とっさの弁解だったが、これはこれで変人くさいな。
「演劇? 演劇ってこう……ワイヤーで釣られて空を飛んだり、唐突に歌いだしたりするんじゃないの?」
「ピーターパン? そんなミュージカルじゃなくって、ぼくがやっているのは、もっとこじんまりとした……そ、そう、ちょっとしたコントみたいなものだからさ」
「コントですって? じつは私もね、お笑いをやってんの!」
少女はジャングルジムの頂上ですっと立ち上がった。少女の姿は神々しく見えた。夕日のオレンジが後光のように差している。
「とうっ!」
少女は最上段からジャンプした。
なぜ飛ぶ? 月に代わってお仕置きする人か?
そして少女は華麗に着地を決め……ゴッ!
鈍い音が響いた。どうやらふんばりが弱く、自分の膝が顔面にめり込んだらしい。
「だ、大丈夫?」
ぼくは少女にかけよった。地面に血が一滴、また一滴と垂れている。
「うん、平気。歯は折れてないよっ!」
「基準はそこなの? ぜんぜん平気に見えないんだけど……」
少女は顔を上げ、満面の笑顔でピースした。
精一杯の強がりを、ぼくは受け止めることができなかった。少女の顔はプロレスラーばりに血まみれだし、白いはずの歯は真っ赤に染まっている。
「うわ! 笑顔はいいから、口閉じて! かなり引くわ、それ」
見慣れない鮮血に、ぼくはドン引きしてしまったが、なんとかズボンからハンカチを取り出した。
「と、とりあえず、これでおさえていなよ」
「ありがと、ハンカチ持ち歩かないから、助かるよ」
少女はハンカチで顔をおさえるものの、うずくまったままで立ち上がろうとしない。
「じゃ、ぼくはこれにて……」
「あ、ハンカチ絶対に返すから、連絡先教えて」
「いいよ、あげるよ、それ……」
ぼくは二、三歩後ずさりをし、反転した。そしてダッシュで立ち去った。
まったくもって紳士的ではなかった。
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