ペガサス・コントロール ~転校生のぼくがちょっとアレな美少女にさそわれてお笑いコンビを組む顛末~

大和ヌレガミ

1章

第1話 ロケットと黒い猫

 夕日を浴びたロケットが揺れているように見えた。

 公園の真ん中には五メートルくらいのロケットがそびえている。ぼくの目はそれに釘付けだ。

 公園にあるいろんな遊具。スピードを楽しむブランコ、高所恐怖とむきあうジャングルジム。モンキー気分の雲梯。それらのエンタメ遊具とは違い、ロケットはただ、そびえ立っていた。

 オブジェと呼ぶにはチープ、白いペンキはところどころ剥げ落ち、赤錆が露出していた。

 だが、そんなオンボロロケットでも、夕日によって燃え上がる。白いボディに夕日のオレンジが絶妙にマッチしていた。


「なんていうか……絵になってるよなぁ」

 どことなく郷愁をかきたてられる風景だった。


 この街に転校して三週間、ぼくには近所をぶらつく余裕がなかった。環境の変化のせいと、梅雨入りしたばかりで気分が滅入っていたのだ。


 だけど、三日連続の雨があけ、自転車で近所をぶらつく気になった。インドア派のぼくといえど、部屋にこもりっきりにはなれないようだ。


 ぼくはロケットのそばに寄って見た。たいていのものは近くで見るとガッカリするるよ。父さんは言っていた。

「金閣寺は近くで見ると残念なんだ。金箔の塗りムラが目立つしね。テレビが地デジになったせいで、女子アナの肌の粗さが気になるような、そういう残念さなんだよ」

 息子相手にその例えはどうだろう。

 たしかに、近くで見るロケットは月面のようにボコボコしていた。


 ロケットの先端には覗き穴。根元には子供が出入りできるように入口があいていた。

 僕は身をかがめて、ロケットの中に入ってみた。


 ロケット内部は刺激臭がした。いったいなんの匂いだろう。雨上がりのせいで湿気がこもってしまったのだろうか。

 内部は直径一メートルほどの空洞になっている。かつてはハシゴがついていて、先端部まで上れたのだろうが、焼き切られた跡が残っていた。


 たぶん、調子にのった子供がケガをして、保護者がクレームを出したのだろうな。


 外から猫の鳴き声がした。

 甘えるようなソフトなニャアではなく、とがめるような強めのニャアだ。


 外に出ると、そこには一匹の黒猫がいた。


 猫はぼくの顔をじっと見つめると、さっとロケットの中に入った。


 ずいぶん人に慣れている猫だ。ぼくはしゃがんで中を覗き込んだ。


 猫は招き猫のように身を起こし、なんともいえない表情をしている。そして全身をプルプルと震わせた。その瞬間、ロケットの中から刺激臭がほとばしった。


「こいつ! しょんべんしやがった!」


 ロケットの外側にもいたるところに小便の跡がある。剥がれ落ちたペンキがそのことを悲しく物語っている。


「最悪だ。服ににおいがついてるよ、これ」

 ぼくは肩をおとしてロケットから離れた。なのに足下に黒猫がまとわりついてきた。


「手も洗ってないのに近寄ってくんなよ!」

 ぼくは小走りで猫から離れた。


「とり消してくれないかなぁ」

 背後から声が聞こえてきた。低いおっさんの声だった。


 おそるおそる、ぼくは振り返った。

 後ろには誰もいない。足元にさっきの黒猫の姿が見えるだけだ。


「なんだ、気のせいか」

 ストレスが溜まっているのか? 幻聴というやつか?


 ぼくは背を向けた。

「さっきの最悪っていうの、取り消してくれません?」

 ふたたびおっさんの声が聞こえる。猫だ。認めたくはないが、ここには猫しかいない。


「しゃべっているのは君?」

 ぼくは膝をまげ、猫を見つめた。


「あれは排泄ではなく、いわばスプレー。オアシスを守るための、いわば戦い……」

 黒猫は悲しそうに、ふっと首をかしげた。


「ぼくにとっちゃ似たようなもんだよ! ってか、オアシスって、そんな言葉知ってるんだ?」

 ぼくは猫と会話をしている。その状況を受け入れている。そんな自分を不思議に思った。


「ま、家猫だから、テレビはよく見てます」

 黒猫の首輪には鈴ではなくカプセルがついていた。中には飼い主の連絡先が入っているのだろう。


「見ない顔ですけど、少年はこの公園の新人さん?」


「なんかホームレスみたいで嫌だな。この街にきて三週間くらい。君はよく一匹でここにくるの?」


「いっ……ぴき?」

 黒猫はシャーッとうなりをあげた。


「一匹……自分で言うにはかまわないよ。けど人に言われるとムカつくよね。人間のアウトローが、自分のことを男一匹なんていきがってるけど、他人に匹呼ばわりされたくないよね。ってか猫も牛も鳥も、みんな一人でよくない? いや、人じゃないんだけどさぁ! 同じ地球の仲間じゃない!」


「熱くなってるなぁ! ちょっと過敏になってるよ。あざける意味で一匹って言ったわけじゃないから!」


「はい。はい。もう、大丈夫」

 黒猫は肉球に唾液をつけ、顔をごしごしとこすっている。ひどくイライラさせてしまった。


 この猫、ちょっと面倒くさいやつ。猫はおおらかに見えて犬より神経質だというが、本当のようだ。

「君は一人でよく来るの?」


「一人でよく来ますね。一人で」

 猫は『一人』という部分を強調している。


「じゃ、これからも会うよね。名前、なんて呼べばいい? 家猫だったら名前、あるんでしょ?」


「ライガーさんと呼んでください」


「ライガー? なにそれ? どうゆう意味?」

 ライガーなんて名前の猫、いままで聞いたことがない。


「ライガー、それはライオンとタイガーのハイブリッド。誇りと獰猛さをもった地上最強の……」


「ライガーちゃうやん! おもっくそ猫やん!」

 ぼくはつっこんだ。公園中に響き渡る大声で。


「いいんです! 名前なんてのは願望から! ヘタレなのにユウキ。嘘つきのくせにマコト。心のせまいヒロシ。名前と中身のギャップは人間にもあるでしょ?」 


「大型の肉食獣に憧れているんだね」


「はい。生意気なカラスどもを食いちぎってやりたいです」

 見かけに似合わず、さりげなく恐ろしいことを言う。


「で、家の人からはなんて?」


「……クロ」

 猫はぼそっとつぶやいた。


「クロ?」


「今、笑ったでしょ! だから嫌なんですよ、こんな名前! キツツキやアリクイといっしょ! 見たまんま!」

 猫は地面をくねくねと転がった。子どもが駄々をこねているようなものか? 愚痴や不満を叫んでいるが、体の動きはちょっと可愛いな。


「でも、音の響きは可愛いじゃん、クロって」


「……」


「ねぇ」


「はい?」


「今、ぼくは動物としゃべってるでしょ。この流れだと、アリスや浦島太郎みたいに異世界的なところ? に、連れてかれたりするのかな。なーんて」

 ぼくは笑っていた。そんな展開をちょっとは期待。いや、かなり期待していたのかもしれない。


「バカなことを! 私も少年も、この世知辛い現実で生きていくだけですよ。じゃ、小腹が空いたんで帰ります」

 猫が背を向け、ゆっくりと遠ざかっていく。


「またね。ライガーさん!」

 ライガーさんは立てた尻尾を左右に振った。


 スマホで時間を見ると、夕方の六時になっている。すっかり長居してしまった。ぼくもそろそろ帰らないと。


「おーい! そこの君!」

 背後から響く声。今度は女子の声だ。今日はやたらと知らない人間に声をかけられる。知らない人間? 今度はちゃんと人間だよな? カラスとかでなければいいけど。

 ふりむくと、ジャングルジムの頂上に、一人の少女が座っていた。


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