第8話 呪いの謎解き(8)

「いつの間にか背後に立っていた津田沼校長に私は襲われてしまいました。しばらくそうしてもみあっていると、ふと津田沼校長がバランスを崩したんだ。今思うと、地震のあった時間だった。そのすきに反撃した私は勢い余って津田沼校長を殺してしまった……」


「そして、石膏像が倒れた事故にみせかけた――」


「その通りだ。すべて海くんの推理通りだよ。お膳立ては津田沼校長がすでにしてあったからね。死体が私から津田沼校長に変わっただけだった。死体をすぐには発見されたくなくて美術室の鍵をかけた。翌日開ければいいと思ってね。でも、どういうわけか開けられなかった」


「それで鍵がなくなっていると嘘をついたんですね。閉めた時か開けようとした時かどちらかわかりませんが、鍵穴の中で鍵が折れてしまったんです。それで開けられなくなった。鍵を分解した時に出てきたものです」


 ポケットをさぐり、海は開いた手を差し出してみせた。手のひらの中に鍵と小さな金属片があった。一辺に波型の模様のついた金属片を海は指でつまんで鍵の上に置いた。金属片は鍵の先端部分とぴったり重なった。


「事故で済むはずだったんだ。それが誰かに見られていたなんて……。津田沼校長を殺してしまった時、茶道室から飛び出してきた生徒を見て、私は犯行現場を見られてしまったと思った。それで慌てて後を追った。新校舎に行ったはずのその生徒が再び旧校舎に戻ってくるのを見て、私はとっさに八角の間の柱に身を隠した。たまたま入り口が開いていて、私はそのまま地下に転げ落ちていったんだ」


「津田沼校長が開けっぱなしにしていた入り口でしょうね」


「わけもわからず、ただ恐ろしくて歩き続けた。そうしてマリアの祠にたどりついた」


「美術室の鍵のタグが落ちていました」


「その時は気づかなかった。ただ、外に出られたことが嬉しかった。それから人を殺した現実を思い出した。津田沼校長の殺害現場を目撃されてしまった。どうにかしなければならないと。それが勘違いで、しかも人違いだったとは……」


 両手で頭を抱え、市川は髪の毛を引き抜く勢いでかきむしった。


「松戸先生は、どうなったんです」


 噛みつかんばかりの勢いで希美がくってかかった。


「松戸先生は海くんと同じ疑問をもったんだ。何故職員室に入ろうとしていた人間が、中には誰もいなかったと言い切れるのかとね。それに、あの日、美術室の鍵がキーボックスに戻っていなかったことを不思議がっていた。部活後に鍵を戻したと言うが、茶道室の鍵を借りにきた生徒のためにキーボックスを開けた時には美術室の鍵はなかった、どうしてなのかと。それで、犯人に仕立てて殺すことにした……」


 その瞬間、佳苗の制止を振り切り、希美は獣のような咆哮をあげ、市川につかみかかっていった。涙と唾とを飛び散らせ、希美は市川の胸倉をつかみ、体をゆすった。


「先生も恋人を殺されたんでしょう。愛する人を失って悲しむ気持ちがわかっていながら、どうして……なんで松戸先生を私から奪ったんですか!」


 市川の体は力なく、前後左右に揺れていた。すまない、すまない――小さな声で市川はずっと謝り続けていた。希美に頭を殴られても胸を叩かれても、じっとうなだれていてされるがままで居続けた。


 安達に手錠をかけられ、かけつけた警官たちに付き添われて立ち去っていく時も市川は萎れた花のように深くうなだれたままだった。


 正面玄関を出て行こうとする時、市川は足を止め、八角の間の全員を振り返った。そのまま地面にのめりこみそうな勢いで腰を折り、深々と頭を下げた。


 熱いものが空の頬を流れていった。七美、聖歌、篤史……友人たちは次々に命を奪われていった。殺してやりたいほど犯人が憎かった。市川が犯人だとわかっても憎しみはかわらない。しかし、何だかとても悲しかった。ただただ、悲しかった。


 犯人がわかっても、七美たちは戻ってこない。さみしい、悔しい、市川が憎い、感情が胸のうちでごった煮になっている。


 事件を解決した海はどう思っているのだろうとふと横をみやると、泣きはらしたような赤い目をして海は市川の去っていった正面玄関を見つめていた。事件を解決した誇らしさなど、微塵も感じられない険しい顔つきをしていた。じっとうつむいたままの陸の表情は読み取れない。市川が犯人だと告白してから、陸は一度も市川の方を見なかった。


 空はそっと、陸の固く握られた手を包み込んだ。


「海、陸、帰ろう」


 両手をそれぞれ海と陸とつなぎ、空たちは八角の間を後にした。

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