第7話 呪いの謎解き(7)

「八角の間で幽霊を見たという話から地下通路の存在を疑い、発見した寺内篤史も犯罪の発覚を防ぐためには殺すしかなかった。そして死体を生物室の骨格標本のようにして晒した。ひとつは口封じ、もうひとつは骨格標本を怪しまれずに盗み出すためでした。宮内理恵さんの骨をいつまでも生物室に置いておけば、いずれ警察に本物の人骨だと知られるのではないかと恐れたんです。骨格標本が宮内理恵さんだとわかれば津田沼校長の犯罪が露見する。津田沼校長を殺す動機のある人間に捜査の目がむく。だから骨格標本を持ち去った。これが遺体を持ち去ったもうひとつの理由です。持ち去った骨格標本は市川先生が大切に保管されていますよね」


 返事はなかった。かわりに鋭い嗚咽が漏れ、腕組みしたまま市川が二度、三度と頷いた。


「宮内理恵さんは市川先生の恋人でした」


 海がそう言った途端、張りつめていた糸が切れたように市川は膝から崩れ落ち、声をあげて泣き始めた。


 しばらくの後、安達に抱えられて立ち上がった市川は、ほんのわずかの間にやつれてしまっていた。


「私と理恵は大学時代からの付き合いでした。彼女がひとつ年上で、ひと足先に社会人になったんです。学園に就職できてとても喜んで、毎日張り切って出勤していました。ところが、夏を過ぎた頃から様子がおかしくなってきた。仕事のことで悩んでいるんだろうと思っていましたが、何も話してはくれなかった。そしてそのまま、ある日突然いなくなった……」


「二十年前の十月ごろですね」


「仕事のことで悩んでいたようだから思い詰めて失踪したのだろうと言われたが、信じられなかった。彼女は悩んでいたら立ち向かう人間で、逃げるようなことはしない。でも、結局、失踪事件として扱われ、時間だけが過ぎていった。春になって私は就職が決まり、彼女と住んでいたアパートを引っ越すことになった。荷物を整理していた私は、見慣れないフロッピーディスクを見つけた。中身は試験問題のようなものでした。はじめ、彼女が作成した試験問題かと思ったのですが、よくみると、彼女が教えている教科以外の問題ばかりだった。そのうちのひとつに見覚えがあった。当時、私は塾のアルバイトで国語を教えていました。試験問題のひとつはその年の学園中等部の入試問題でした。生徒が学園を受験していて、試験後すぐに答え合わせをしたので問題を覚えていたんです。後で調べたところでは、他の教科も入試問題でした。何故、理恵が入試問題のデータを持っていたのか、私は疑問を抱きました。そしてふと、思い出したんです。生徒の中にはとても受験をかいくぐってきたとは思えない出来の子がいると理恵がぼやいていたのを」


「裏口入学ですね。噂のほとんどは事実と思ってもらって間違いありません」


 奈穂の口調は穏やかだったが、津田沼校長への嫌悪ははっきりと感じとれた。


「理恵は裏口入学の証拠を握ってしまったので危ない目にあったのではないかと疑い、偶然にも美術教師を募集していた学園に再就職していろいろと調べまわってみたんだ。しかし、黒い噂を耳にするだけで核心には迫れずにいた……」


「どうやって津田沼校長が宮内理恵さんを殺したと知ったんだ?」


 安達の問いに、市川はすぐには答えられずにいた。恋人を殺された無念に胸が詰まって何も言えないようだった。


「今年の春先に配信されたメルマガで怪談の存在を知りました。そのうちの生物室の骨格標本が本物の人骨という怪談を目にして、まさかという思いで調べてみたのです。骨格標本には八重歯がありました。海くんの指摘した通りです。わざわざ手間をかけて八重歯のある標本を作るものでしょうか。私は骨格標本は本物の人骨なのだと確信しました。そして、理恵には八重歯があった。標本の八重歯は理恵の笑顔を彷彿とさせました。私は骨格標本は理恵で、彼女は殺されたのだと確信しました。理恵を殺して遺体を生物室に骨格標本として置く、そんなことができるのはかつて理科主任であった津田沼校長しかいません。私は津田沼校長を問い詰めた。当然ながら、証拠がないと否定されました。しかし、あの日、話をしようと津田沼校長に言われたのです。美術室で待っていて欲しいと言われ、部活を早く切り上げ、私は津田沼校長を待っていました。だが、津田沼校長は話なんかするつもりはなかったんだ」


「津田沼校長は市川先生を殺すつもりで美術室で話をしようと言ったんだと思います。翌日の授業の準備をしているうちに石膏像が倒れてきた事故にみせかけて。そのつもりで石膏像を倒し続けた。美術部の管理がなっていないために石膏像が倒れて市川先生が亡くなったというシナリオのために」


「石膏像にいたずらしていたのは津田沼校長先生だったってわけ!」


「アリバイ工作のために下校し、抜け道から校内に戻り、マリアの祠から地下通路に入って校舎に戻ったんだな」


 空と陸にむかって海は頷いてみせた。

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