第4話 呪いの謎解き(4)

「二十年前、津田沼校長は当時学園で英語教師をしていた宮内理恵という女性を殺しました」


「宮内先生のことなら――」


 富岡は記憶を探るように目を細めた。


「失踪したと聞いているが。秋ごろだったか、週明けに出勤してこなかったので騒ぎになったが、家族の話によると週末前にはいなくなっていたらしい。教師になったばかりでいろいろと悩んでいたんだろう。津田沼校長――当時は違うが――に相談していたようだが? 親身に相談にのっていたぐらいだから、殺すってことはありえないのじゃないかな?」


「相談にのっていたのではないのかもしれません」


 奈穂がため息まじりに独り言ちた。秘書の仕事を通して津田沼校長の後ろ暗い部分をよく知っていたのだろう。


「その方に言い寄って拒まれたので腹が立って殺した――そういうことだってあり得ます」


 そう言って奈穂は目を伏せた。


 奈穂の大胆な仮説に異議を唱える人間は誰もいなかった。


「動機の一つだったかもしれません。僕に言えるのは、笹木弘明くんの場合とは違って、宮内先生の殺害は計画的な犯行だったということです」


「そう言い切るからには、死体のある場所もわかっているんだろうな」


 安達が海に迫った。


「ええ、安達刑事。死体のあった場所はわかっています」


「ちょっと待て。あったってことは今はその場所にはないのか?」


「はい、今はそこにはもうありません」


「どういうことか説明してくれ」


「死体は持ち去られてしまいました。寺内篤史を殺害した犯人によって」


「待ってくれ。ますます訳が分からない」


 安達は両手で髪をもんだ。脳みそを活性化させようとしたらしいが、おそらく髪の毛同様、脳の神経回路はくしゃくしゃになっただけだっただろう。


「何故、寺内篤史を殺した犯人は津田沼校長に殺されたと君のいう女の先生の死体を持ち去ったんだ?」


「二つの目的がありました。一つは、寺内の死体を晒すのに邪魔だったから」


「まさか、海くん。生物室の骨格標本が宮内さんとかいう人の死体だったと?」


 希美の声が震えている。支えている佳苗の顔面も青白い。海はうなずいた。


「生物室の骨格標本は宮内先生でした。寺内を殺した犯人は、宮内先生の骨格標本を持ち去ってかわりに寺内の死体を晒した……」


「海くん、君はどうして骨格標本がその女性のものだってわかったんだ?」


 市川の声は掠れて、唇がわなないていた。


 本物の人間の骨、それも殺された人間のものを目の前に学園で毎日を送っていたと知って、あまりのおぞましさに誰もが茫然と立ち尽くしていた。


「骨格標本は本物の人骨という怪談がヒントでした。今ではプラスチック製ですが、昔は本物の人骨が用いられていました。二十年前、理科主任だった津田沼校長は当然そのことを知っていて、宮内先生の死体を骨格標本として生物室に置いておく計画を思いついた。殺人で厄介なのは死体の処理です。死体が見つからなければそもそも殺人事件として扱われない。事実、宮内先生は仕事上の悩みを抱えてある日突然失踪したのだと考えられていました。実際には殺害され、死体は学園内にさらされていたのですが……」


「骨格標本が本物の人骨だったとして、それが殺された女性の骨だとどうやってわかったのかしら?」


 佳苗が疑問を投げかけた。


「専門家なら骨の特徴から性別がわかるだろうけれど、普通の人には骨を見ただけでは女性だとはわからないのじゃないかしら」


「野沢先生は確か、以前は看護士をしていたんですよね」


「ええ。女性の骨盤には特徴があるから、勉強した人なら見わけがつくけれど、それだって、女性だということがわかるだけで、個人を特定するのは難しいと思うわ」


「個人を特定できるような特徴があったら? 例えば、骨の一部が曲がっているだとか歪んでいるだとか、変わった形をしているだとか」


「それなら、誰だかわかるでしょうね」


「生物室にあった骨格標本には」


 海はぐるりと全員を見わたした。


「八重歯がありました。八重歯のある標本をわざわざ作るものでしょうか。僕は、骨格標本は本物の人骨なのだと確信しました」


「海くんの言う通りです。歯並びの悪い標本なんて見たことありませんから」


 人体の仕組みを勉強したであろう佳苗が海の言葉を裏付けた。


「行方不明になった宮内先生には八重歯がありました。卒業アルバムには宮内先生の八重歯が魅力的な笑顔の写真が残っています」


「海くん、海くんはさっき、骨格標本は昔は本物の人骨だったと言ったね? たまたま標本にされた人物の歯並びが悪かっただけだとは考えられないのかね? その行方不明になった先生にも偶然八重歯があっただけで、骨格標本イコールその先生だとは結論付けられないのじゃないかな?」


 市川が疑問を呈した。


「生物室の骨格標本は宮内先生が行方不明になった翌年から八重歯のあるものに変わっているんです。卒業アルバムに載っていた文化祭の写真から確認しました。骨格標本はかつては白衣を着せられて、生物部の顔として文化祭に参加していました。宮内先生が行方不明になった年も白衣を着た骨格標本の写真が残っています。その翌年の文化祭でも白衣姿の骨格標本が撮影されています。一見、同じに見える写真ですが、見比べてみると骨格標本が変わっていることに気がつきます。だからこそ、犯人は十九年前の卒業アルバムを持ち去ったんです。たまたま母の卒業した年だったので、家にあった卒業アルバムで確認することができたんです」


「同じ標本にしか見えなかったけど?」


 海と共に卒業アルバムを目にしていた空にはまったく違いがわからなかった。


「白衣のサイズだ。というか、骨格標本の大きさが変わったから、白衣のサイズが変わったように見えたんです。宮内先生が行方不明になった翌年の骨格標本は白衣のサイズがあってないようで、袖口が指の先まで来ていました。骨格標本が縮むわけはない。僕は前年の写真と見比べて、別のものに変わっていると気づきました。生物部の生徒も気づいたんでしょう。その翌年の文化祭からは吸血鬼の扮装をさせられ、ドラキュラをもじったドラちゃんというあだ名で親しまれるようになりました。八重歯の特徴からつけられたんでしょう」


 あたりは水を打ったようにしんとなった。


「恐るべき犯行です。完全犯罪といってもよかった。誰も、目の前にある骨格標本が殺された人間だとは考えもしないでしょうから。でも気づいた人間がいた――」


「それは誰だ?」

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