第5話 呪いの謎解き(5)

しばらくの沈黙の後、声を絞り出した安達が恐る恐る尋ねた。


「今回の連続殺人事件の犯人です。津田沼校長の犯罪に気づいた犯人は、おそらく津田沼校長に詰め寄ったと思います。津田沼校長のことだから、否定したか、あるいは秘密を知られて逆上し、犯人を殺そうと考えたかもしれない。しかし何か手違いがあって殺されたのは津田沼校長の方でした」


「津田沼校長への恨みが殺害動機ではないのか?」


「だから、はじめから、松戸先生は犯人ではないと言ってきたじゃないですか!」


 希美の視線が安達を責めたてていた。


「あの日、美術室で何があったのか、僕は知りません。ともかくも、津田沼校長は死んでしまった。ちょうどその時間、美術室の近くを通りかかった生徒がいました。山下さんです。部活を終え、一旦下校した山下さんは再び学園に戻ってきました。そうですよね、小野さん」


「時間ははっきり覚えていないが、女の子の生徒さんが正門の守衛窓口まで来て、忘れ物を取りに行きたいから中に入れてくれと頼んできたんです。それで門を開けてやりました」


 守衛の小野は小さな目をぱちくりさせた。


「聖歌は、ママに黙って借りた帯留めを茶道室に忘れたので慌てて取りに行ったんだと言っていました」


 空は聖歌から聞いた話を繰り返した。


「でも、犯人を見たとは言っていませんでした。茶道室と美術室は隣同士だから何か見てないかと思って話を聞いたけど、石膏像が動いたところを見たとは言っていたけれど」


「そう、山下さんは犯人を見なかった。しかし、犯人の方は、彼女が茶道室から走り去っていった所を見て、殺人現場を見られたと思い込んでしまった。そしてもうひとつの間違いを犯してしまった。山下さんと同じ茶道部で、彼女によく似た相馬さんに見られたと勘違いして、彼女を殺した――そうですよね、市川先生」


 その瞬間、全員の視線が市川のもとに豪雨のように注がれた。


 絵の具の飛び散った白衣のポケットに両手を入れたまま、市川は困ったような表情で立ち尽くしていた。


「市川先生に相馬七美さんが殺せたはずはないわ。相馬さんが発見された時、市川先生は職員室に入ろうとしているところで、私はちょうど給湯室から出てきたところで、職員室の前で出くわしたんです」


 幸子は海を威圧するかのように薄い胸を突き出してみせた。


「お茶を飲んで一息つけようと、午後の一限目の授業が始まってすぐに給湯室に行きました。


市川先生と会ったのは事件が起きた直後、職員室の前でです」


「名簿を忘れてしまってね、職員室に取りに戻るところだったんだ」


 ポケットから右手を出し、市川は苦笑いで胡麻塩頭をかいていた。


「美術室から職員室にむかっていた市川先生が、どうやったら新校舎にいた相馬さんを殺せたのかしら」


 幸子は疑り深い眼差しで海を見つめた。


 海の推理力を疑うわけではないが、幸子の言う通り、旧校舎にいた市川に七美を殺せたはずはない。空は海に不安げな表情を投げかけた。しかし、海は毅然とした態度で市川を見据えている。


「校舎の中を歩いていくとしたら不可能です。でも、もし近道を通ったとしたら? PC教室は美術室のある旧校舎の対角線上に位置しています。対角線は辺の合計より短い。この場合の辺とは旧校舎と新校舎の北校舎のことです」


「でもその対角線上に道はないわ。あるのは……」


 空は目を閉じて校内の様子を思い浮かべた。美術室のある二階から中央階段を降り、八角の間を抜けて正面玄関を出ると目の前には二面のテニスコート。テニスコートを横切ると新校舎の玄関へと続く道、さらにいくとグランドにぶつかる。


「グランド。グランドを斜めに突っ切ると確かにPC教室につくけれど、グランドを走っていたらいくらなんでも人目につくと思う」


「グランドを横切ったら、ね。でも校舎の外には出ず、グランドの下を走り抜けていったとしたら?」


「地下通路だ!」


 場をわきまえず、陸がはしゃいだ声をあげた。空に肘鉄をくらわされても陸の興奮はおさまらない。


「八角の間が四方にのびる地下通路の入り口になっていることはもうご存知ですよね。それぞれの入り口を柱として、地下通路は四方向に伸びていて、それぞれ校舎の外に出られるようになっています。出口には目印があります。東北方向には古井戸、東南方向は創設者の碑、北西方向にのびる地下通路は途中で埋もれてしまっています。四つ目、西南方向の入り口にはマリアの祠。市川先生は……」


 海は正面玄関むかって右側の柱を指さした。飾り棚にはイエスの肖像画が飾られている。


「この入り口から地下通路に入り、マリアの祠から外に出、西校舎に入った。そしてトイレで相馬さんを殺害した」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る