第2話 呪いの謎解き(2)

「軍が造成したものだと思います。本土決戦に備えて造られたものだとかで、その存在を知られていない地下壕は日本各地にいくつもあるそうです」


「それにしても、よく八角の間が地下壕への入り口になっているなんてわかったね」


 市川は驚きを隠しきれないでいた。


「八角の間の怪談がヒントでした」


「八角の間で目撃された兵士の幽霊の正体は、地下壕に出入りする関係者だったってわけなのね!」


 空は思わず無邪気な声をあげた。


「他の柱のベンチにも同じような仕掛けが施されています。八角の間を中心に四方にのびる地下通路があり、その通路を中心として碁盤の目のように細かい通路がいくつもはりめぐらされています。旧ボイラー室である地下倉庫は煙突のあった部分を境に二つの空間にわかれています。陸たちが閉じ込められていた場所は地上からの入り口を閉ざされてしまった側、もう片側は地下壕と通じていて、この通路を通っていくことができるんです」


「地下通路とは恐れ入ったね」


 安達は腰を屈め、暗い穴の中へともぐりこんでいった。安達の後を追って陸が勢いよく穴の中に飛び込み、その後に、海、市川、富岡と続き、まるでハーメルンの笛吹きに導かれるネズミのようにして希美、佳苗、奈穂や玲子が次々と穴の奥へと入っていった。八角の間にひとり取り残されてはたまらないと、空も慌てて全員の後を追った。


 腰を折って入り口をくぐると、たちまちのうちに闇にのみこまれた。入り口から差し込んでくる光がわずかに先を行く玲子の背中を照らしていたが、階段を降り切ってしまうと前を歩いているはずの人々の姿はまるで見えなくなってしまった。遅れをとるまいと空は足音を頼りに彼らの背中を追いかけた。


 暗闇は時間の感覚を狂わせる。一時間でも走っていた気でようやく地下通路に漏れ出している明かりを目にした時、空は思わず安堵のため息を漏らした。


 開け放たれた鉄の扉のむこうに空間が広がっていた。富岡校長をはじめとして全員が明かりの下に夏の夜の蛾のように集まって窮屈そうにしていた。


 閉じ込められた時の息苦しさを思い出し、空は中へ入るのをためらった。しかし、一人暗闇に残されるのも嫌だった。不安を振り切って空は足を踏み入れた。


「それで、死体はどこにあるんだ」


 安達はせわしなく部屋の中を歩き回っていた。


「死体ならそこに」


「何だと」


 海の指した方角へと安達は駆け寄っていった。コンクリートの壁にそって段ボールが数箱重ねて並べられてある。その足元には白い物が横たわっていた。


 安達は恐る恐る段ボール箱を開けて中を覗き込んだ。しかし中身は書類だったようで、手にした紙切れを海にむかって忌々し気に振り回した。


「死体のしの字もありゃしねえぞ」


「刑事さん。海くんは壁を指してました。壁に死体を埋め込んだ、そういうことじゃないでしょうか?」


 希美は、海と安達との顔をかわるがわる見やった。しかし海は首を横にふり、


「いいえ、死体は安達刑事の足元にあります」


「足元って言うけどなあ、段ボール以外には……」


 安達はぐるりと周囲を見渡し、人型の物の上にかがみこんだ。


「こいつは何だ? 人形か何かのようにみえるが? これが死体だって言うのか?」


 一斉に向けられた全員の不安げな顔にむかって、海は頷いてみせた。ただひとり、市川が苦笑いを浮かべていた。


「違いますよ、それは死体じゃない。死体のように見えるけれど、れっきとした石膏像です。出来が悪いので、死体に見えても仕方がないんだが」


 市川は横たわっていた人型を抱え、壁に沿って垂直に立たせてみせた。


「ロダンの『考える人』ですよ」


「なあんだ」


 全員の気持ちを代弁するかのように空が調子はずれな声をあげた。


 開かずの間に一歩足を踏み入れようとした時に白い物体を目にした空は死体かと錯覚していたのだった。しかし、よく見てみれば出来損ないの石膏像、美術教師の市川がロダンの「考える人」像だというのだから間違いはない。ここが頭部だの手足だのと解説され、空をはじめ全員が石膏像に近寄ってしげしげと眺めていた。


 ひとり海だけが渋い顔で立ち尽くしている。


「ロダンの『考える人』を模したのか、偶然そうなったのか、僕にはわかりません。わかるのは、その石膏像の中身は死体だということ。笹木弘明くんの死体はその石膏像の中にあります」


 その瞬間、それまで石膏像を撫でまわしていた市川がすばやく手を引き、安達がひときわ身を乗り出した。


「ただの石膏像にしかみえないがな」


「割ってみればはっきりします。市川先生、すみませんが、美術室から石膏を割ることのできるような道具をもってきてもらえませんか」


「あ? ああ」


 市川は弾丸のように開かずの間を飛び出していった。


「それにしてもだ、死体が石膏で固められているとして、犯人は何でそんなことをしたのかね」


 安達は考え込むときのくせなのか、顎をしきりとさすった。


「腐敗臭を防ぐためです。犯人は笹木弘明くんを殺害し、死体を地下倉庫に隠した。しかし死体が腐敗し始めてしまった。二十年前、笹木弘明くんが行方不明になった直後、学園では異臭騒ぎがありました。犯人は事件の発覚を恐れ、死体を地下倉庫に隠し、臭いを防ぐために石膏で固めたんです」

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