第3話 開かずの間(3)

「いいか、ボイラー室だった地下倉庫の入り口は閉じられてしまった。唯一、煙突からなら地下倉庫へ入ることができる」


「……煙突から地下倉庫へ入るのは無理だと思う」


「そうだろ? なのに俺たちは今、その地下倉庫にいる。犯人はどうやって俺たちをここまで運んできたんだ?」


 煙突から投げ入れられたのではないと空にも理解はできた。


「どこかに別に入り口があるんだ!」


「そうさ。その入り口を探すんだ!」


 空と陸とは、暗闇の中、スマホの心もとない明かりを頼りに辺りを調べ始めた。


 元はボイラー室、かつて地下倉庫として使われていたというその場所はがらんとしていた。設備を身ぐるみはがされたとあって内臓を取り除かれた剥製の内側にいるかのような薄気味悪さがある。周囲の壁はすべてコンクリートで覆われていた。


「おい、空、ちょっとこっち来てみろよ」


 興奮した声をあげる陸のもとに空はむかった。陸は角の壁にむかってしゃがみこんでいた。周囲はコンクリートの壁だというのに、その部分だけはレンガの壁になっていた。陸はレンガの壁にむかって手をかざしていた。


「空気が入り込んできてる。どこかに隙間があるんだ」


 空がかざすスマホの明かりを頼りに陸はレンガの壁をさぐっていた。しばらくすると、陸の動きが止まった。どうやら隙間を発見したらしく、陸はレンガの間に指を入れようと奮闘し始めた。レンガを引き抜くつもりでいるらしい。しかし、隙間になかなか指がかからず、陸は苦労していた。


「私がやってみる」


 自分の指の方が幾分細いだろうからと、空は陸にかわって隙間に指を入れた。爪の先が隙間にすっぽり入ったと思うと、レンガが壁の向こうに音をたてて落ちていった。


 空と陸は争うようにして、ぽっかりとあいた空間に顔を近づけた。どこからか流れ込んでくる風が頬に強く当たった。ふたりは無我夢中でレンガをかき出し始めた。


 頭一つ分ほどの穴があくと、陸は我慢しきれずに四つん這いになって穴を通り抜けた。空も後に続いた。手の平にレンガの欠片や小石が刺さる。指先が硬いながらも柔らかい肌触りのものに触れた。ハトの死骸だった。頭上に暗闇の薄れている部分があった。蒸気の出口だろう。ハトは誤って煙突の中に入って、外に出られなくなってしまったようだった。ハトの死骸から目を背けながら、空は先を進んだ。


 トンネルは長くは続かなかった。頭上に解放感を得、空は立ち上がった。煙突の先に垣間見た空は頭上に広がっていなかった。周囲は再び暗闇に支配されていた。


「くそっ!」


 陸の怒鳴り声とともに金属ががたつくような音がした。びくりとした空が見たものは、鉄の扉の前で膝を抱えてうずくまっている陸の姿だった。


 開かずの間を脱出したと喜んだのも束の間、逃げ出してきた先もまた閉ざされた空間だった。その部屋が重い扉で閉ざされていると知り、空は思わず暗い天井を見上げた。陸の言う通り、煙突の真下から見上げた隙間が唯一の出口なのだ。ハトの死骸は自分たちの未来を暗示していた。


「あきらめなって」


 鉄の扉と格闘し続ける陸にむかって空は虚ろな声をかけた。しかし、陸は諦められないようで、ノブを回すような音がし続けていた。


「俺じゃないぞ」


 そう言う陸の息が空の耳にかかった。空は扉から離れた位置に腰を下ろしていた。暗闇の中、空は陸と顔を見合わせた。ノブの回る音はし続け、ノブの周囲の暗闇がゆらゆらと揺れていた。何者かが扉を開けようとしている。その者はこの地下の空間の存在を知っている人間、犯人以外にありえない。


 空と陸とは息をひそめて扉を見つめた。扉は小刻みに規則正しいリズムで震動し続けていた。


「いいか、空。扉が開いて犯人が入ってきたら、俺が襲うから、その隙をついて逃げろ」


 拾ったレンガを握りしめ、陸は扉の陰に身を隠した。


 ギイィ……錆がきしむ音をたてて鉄の扉が重々しく開いた。内開きの扉は陰に潜む陸と空の目の前に迫ってきた。陸は今にも中に入ってこようとする犯人を襲うべく身構えていた。


 空が通り抜けられるほどの隙間が空いた瞬間、陸は飛び出した。

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