第2話 開かずの間(2)
あまりの痛みに、空は目を覚ました。開けた目を閉じる羽目になるほど傷がうずいた。空はそっと痛みの震源地、後頭部に手を回した。熱を感じた。指先が濡れなかったので恐れていた出血はないようだった。
しかし、目で見て確かめることはできなかった。周囲は真っ暗な闇に包まれていて目の前にあるはずの指すら確認できない。意識を失って数時間が経っているのか、夜のとばりが落ちていた。だが、日が暮れたにしては闇が深すぎた。ひんやりとした空気が腰を下ろしている地面の底から立ち上ってくる。黴臭いにおいがした。
「気がついたか?」
若い男の声に、空は身を固くした。心の内で海と陸の名を呼んだ。
「俺だよ」
まるで空の心の叫びを聞いたかのように陸がこたえた。
「ここはどこ? 旧校舎の外にいたはずなのに、一体何がどうなってるの?」
「悪いけど、俺にもわかんねえ」
暗闇に慣れた目に、陸の姿がぼんやりと見えてきた。
「縄梯子を取ってくるなんて冗談のつもりで、すぐに戻ってくるつもりだったんだ。でも体育館へむかったところで誰かに襲われて、気がついたらここにいた」
「私も、陸を待っていたら、頭を殴られた」
陸の影が空のそばに歩みより、スマホの心もとない明かりで頭の傷の具合を確かめた。
「赤く腫れてはいるけど、血は出てねえから」
そういう陸の額には血が滲んでいた。
「陸、血が」
「ああ、倒れた時に地面で擦ったみたいだ。大したことねえって」
陸は腕で傷口をぬぐった。
「ねえ、誰かに連絡して――」
空は自分のスマホを探して、なくしたと気づいた。襲われた時に落としたのだろう。だが、陸のスマホがある。ぼんやりとした明かりだけが今は頼りだった。
「使えねえよ。たぶん、俺たち、地下にいるんだ」
「地下って……まさか、私たち、開かずの間に閉じ込められたんじゃ――」
「多分、そのまさかだ」
陸の顔が青ざめているのはスマホの明かりのせいばかりではないだろう。空は血の気が引いていく思いがした。
「私たちを襲ったのは、七美たちを殺した犯人……」
「だろうな。開かずの部屋の怪談に見立てて俺たちを殺すつもりなんだろ」
空は思わず陸に身を寄せ、その手を強く握りしめた。
「陸……どうしよう」
「落ち着け、空」
陸の声がうわずっていた。
「俺らがいなくなったってわかったら、海がきっと捜しにくる。海なら、俺らがどこにいるかわかるはずだ。海なら……」
空と陸は互いに身を寄せあった。人の体のぬくもりを感じていないと気が狂いそうだった。足元からはじわりと死の冷気が立ち上ってきていた。
「まさか、私たちが開かずの間の怪談に見立てて殺されるだなんて……」
「海が助けにくるって」
陸はきつく空の肩を抱いた。
「私たち、きっと犯人につながる何かを知ってしまったんだ」
「何かって何だよ」
「八角の間で目撃された幽霊が実は七美を襲った犯人だって知っているのは寺内くんと私たちだけだよ」
「でも、はっきりと誰がとわかっているわけじゃねえよ? 目撃した本人の中山って生徒の子だって、誰がとは言っていなかったんだろ?」
「確かに……。八角の幽霊の話は全校生徒が知っているんだし」
「津田沼校長が殺された時に山下が現場近くにいたって話はどうなんだ?」
「聖歌は犯人を見たとは言っていなかった」
「十九年前のアルバムはどうなんだ? 寺内は何かを発見したみたいだけど」
「全然わからない。アルバムに犯人が写っていたとかそういうことかもしれないけど」
ふうとたなびくような長い息をついて陸は考えこんでしまった。
「七美が襲われた事件では松戸先生にアリバイがあったことは? 松戸先生が犯人のように思っていたけど、アリバイがあったとなると、犯人は他の人間ってことになる。松戸先生に犯人でいて欲しい真犯人にしたら、知られたらまずい情報だったんじゃ……」
「松戸のアリバイを証明できるのは、一緒にいたっていう白石先生だけか。二人は付き合ってるからなあ。なあ、こうは考えられないか? 松戸と白石先生は共謀して校長を殺した。その後も、校長殺害事件の目撃者や相馬の事件での目撃者を殺した。ここで、問題が発生した。松戸が警察に目をつけられた。白石先生は、松戸ひとりに罪をなすりつけようとして、松戸を殺し、松戸のアリバイを知っている俺らも殺すことにした」
陸はすくっと立ち上がったかと思うと、歩き周り始めた。
「何してるの?」
「ここから出るんだ」
「出るって……。私たち、閉じ込められたのにどうやって出るっていうの?」
「閉じ込められたから、出られるんだ」
空はすぐには陸の言うことが理解できなかった。
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