第3話 怪談の呪い(3)

真澄の反応に、逆に三人が驚かされた。学園の怪談と七つ目の怪談の呪いはずっと学園に伝わっているものだとばかり思っていたからだ。現に、三人とも、先輩たちから聞かされた話である。親とはいえ、学園生だった真澄は先輩の先輩のまた先輩にあたるわけで、その真澄が怪談にまつわる話を知らないというのは不思議な話だった。


「んで、オヤジが知っている三つってどれよ?」


「八角の間に出る日本兵の幽霊、骨格標本は本物、トイレの紙さまの話だな」


 真澄は指折り数えてみせた。


「お前たちが言っている血を流すマリア像と美術室の動く石膏像の話は怪談じゃなくて、本当にあった出来事だぞ」


 三人は一瞬、自分たちの耳を疑った。


 真に受けた空と海に対し、陸は懐疑的な眼差しを真澄に向けていた。


「オヤジ、作り話じゃねえだろうな」


「そんなわけあるか。お前たちの話を聞いていて思い出したんだ。俺たち――俺と空ちゃんとこのパパとママだが――が高校三年の時だから、二十年前の話だな。美術部の石膏像のいくつかが一晩のうちになくなったんだ。美術部だったからよく覚えてる。泥棒にでも入られたんじゃないかって話だったけど。その話が動く石膏像の怪談のもとになっているんじゃないのか」


「血を流すマリア像はどうなんですか?」


「血を流したっていうか、血がついていたってだけの話だな。それも血かどうかもわからん。絵の具とかケチャップとか、そういうオチかもしれない」


「父さん、ケチャップはないと思う」


「ん? そうか。まあ、とにかく、血のようなものが、マリア像のスカートっていうか、衣の裾のあたりについていたんで、騒ぎになったんだ。血しぶき程度だったと思うけど、いつの間にか血を流すとかいった大量出血な感じになったんだな。それから開かずの間だが――」


 喉を潤そうとコーヒーカップを口にした真澄は、飲み干してしまったと気づき、そそくさとキッチンへと立っていった。真澄が淹れたてのコーヒーを持って戻ってくるまでのわずかな時間が三人にはとてつもなく長い時間に感じられた。


「どこまで話したっけ?」


「開かずの間!」


 三人は声をそろえて叫んだ。


「そう、開かずの間ね。地下倉庫に閉じ込められて生徒が亡くなったってことだが、地下倉庫に閉じ込められた生徒がいたのは本当の話だ」


「でも」と空はすっかり頭に入った学園の見取り図を思い浮かべ、


「地下倉庫ってことは地下にあると思うんですけど、それらしいものはなかったかと」


 海も陸も空に賛同するかのようにうなずいた。


「変な話だね。俺が在学中には確かにあったぞ」


「どこによ?」


「旧校舎のどこかだ。というかだ、生徒が閉じ込められるという事故があるまで、地下倉庫の存在は知られていなかったんだ」


「閉じ込められた生徒は知っていたんですか?」


「その生徒を閉じ込めた生徒たちは知っていたんだろうね、空ちゃん」


 ふと、体育倉庫に閉じ込められたという生徒のことが思い出された。


「二十年前、八角の間に靴を片方だけ残して消えたっていう生徒がいるってパパから聞いたんですけど。パパによると、その生徒はいじめられっ子で、前にも体育倉庫に閉じ込められたことがあったそうですけど」


「多分同じその生徒だ、地下倉庫に閉じ込められたのは」


「八角の間で消えたっていうその生徒は実は地下倉庫に閉じ込められて死んだんじゃね? それが開かずの間の怪談になった」


「その生徒が行方不明になって、陸の言ったように考える奴もいたよ」


「異臭は死体の腐敗臭じゃないかって話ですね」


「そう。その話も明彦から聞いた?」


「はい」


 空は、海と陸に父から聞いた話をした。


「異臭の正体は下水のつまりだったんですよね」


「うん。その生徒の行方不明事件とは無関係だった。そもそも、その生徒が地下倉庫に閉じ込められたのは八角の間で消える前の話だからね」


「ということは、誰も地下倉庫に閉じ込められて死んではいない……」


 海は何かを理解したようで、顔の前で両手を組んで考えこんでいた。


「海の言う通りだ。地下倉庫に閉じ込められた生徒は自力で脱出したんだ。誰も地下倉庫では死んではいない。同じ生徒が後で行方不明になった。地下倉庫に閉じ込められた話と行方不明事件と異臭騒ぎとがごちゃまぜになって、地下倉庫に閉じ込められた生徒が死んだという怪談になったんじゃないかと思うんだ」


 なるほどと思いながら傍らの海をみやると、真澄の考えに同調するかのように海もうなずいていた。


「学園生活最後のあの年は、いろんなことがあった年だったんだ」


「宮内先生が失踪した頃と同じだから覚えているって、パパが言ってました」


「ああ、そうだ。あいつは宮内先生に惚れていたから、覚えているんだろう」


「パパは、御藏さんが宮内先生に夢中だったって言ってました」


「男子生徒はほとんど彼女に惹かれていたさ」


 照れ隠しなのか、真澄は笑ってみせた。







 海の言った通り、怪談には元ネタがあったのだ。


 少しばかり不思議だった話が生徒たちによって怪奇なものへと変容した。それだけのことだった。マジックのネタを知った時のような脱力感を空は得ていた。


「七つ目の怪談も、二十年前の出来事を元にしたものなのかしら」


 空は目玉焼きの乗った皿を陸と海の二人の前に差し出した。


 朝食を口にしていなかった陸はまだしも、海も空腹を訴えたので、空はキッチンに立った。しかし男所帯の御藏家の冷蔵庫にはろくな食べ物が入っていなかった。真澄は締め切りがあるからとさっさと自室に引きこもっていた。


「だとすると、美人女教師の失踪事件か、異臭騒ぎが元ネタになってそうだけどな。異臭ネタはどうなんだ? 下水が詰まっていたって話だったけど」


「下水には何が流れているか、わからないところがあるから。そういう意味では怪談の元ネタになりそうなものだけど……」


「下水に流したものが集まって妖怪になるとか、そういう類いの話ならありそうだな」


「何にせよ、寺内くんは七つ目の怪談を知った。そしてその怪談には一連の事件の犯人につながるヒントが隠されていた。七つ目を知ると死ぬという呪いも何らかの形で犯人を指し示していたから、その呪いの謎を解いた寺内くんは犯人にとって邪魔な存在になってしまった……」


「寺内の奴、何か言っていなかったか?」


「何も」


 空は首を横に振った。


「寺内くんは今回の事件が連続殺人事件だって知っていた。それでひとりで犯人捜しをしていた。どちらが先に犯人を捜しあてられるか、海と競争だって言ってた――」


 空はそれまで海には黙っていた篤史とのやりとりを打ち明けた。


 海は重いため息をついただけだった。


「寺内はバカだ。犯人捜しの競争だとか、僕を出し抜くだとか……死んでしまったら、どうにもならないだろうに……」

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