第4話 怪談の呪い(4)
「寺内くんが最近借りた本を知りたいの?」
「はい。面白い本を見つけたから、次読んでみろって言われてたんですけど、ああいうことになってしまって。彼、何の本を読んでいたかは言わなかったから……」
篤史とさも仲がよかったかのようにふるまう海の演技力にだまされ、司書の中年女性は気前よく本のタイトルを調べてくれた。
最後に会った時、篤史は分厚い本を何冊も抱えていた。その本のなかに犯人を知る手がかりがあるのではないかと空は考え、海を連れて図書館を訪れていた。
「これがリストよ。でも、本は返却されていないわ。まあ、返却できなかったってことなんだけど……」
司書はプリントアウトした貸し出しリストを海に渡した。
本は全部で四冊、日本史関連のものが二冊、法医学に関するものが一冊、後の一冊は創立百年を記念して出版された学園の歴史を記した本だった。
「これだけ? もっと持っていたと思うんだけど」
五冊以上はあったはずなのにと空は不思議に思いながら、図書館を出ていこうとした時だった。
「卒業アルバムは、別にいいわよね?」
司書が海の背中にむかって声をかけた。
「卒業アルバム、ですか?」
「寺内くん、卒業アルバムを何冊か借りたのよ。貸出図書ではないから本当は図書館から持ち出せないんだけど、すぐに返すからって言うので特別に許可したの。アルバムの方はその日のうちに返してくれたわ」
「いつのアルバムだったか、わかりますか?」
空は身を乗り出さんばかりにして司書に尋ねた。篤史が腹に抱えていた本は本にしては大きさと厚みがあった。アルバムだったのだとしたらしっくりくる。
「さあ……。古いものだったと思うけど。取りあえず、昭和でなかったことだけは確かよ」
どうやら昭和生まれらしい司書の女性は苦笑いを浮かべてみせた。
*
古い卒業アルバムと聞いて空が真っ先に手に取ったのは二十年前のアルバムだった。真澄と空の両親たちが卒業した年、怪談のもとになった事件が相次いだ年でもある。七つ目の怪談を知ると死ぬという呪いの正体を篤史が知ったというのなら、その年のアルバムからであった可能性が高い。
「パパもママも若い!」
両親の若かりし頃の写真を目にして空ははしゃいだ。制服姿の母は今の自分に瓜二つで、ほんの少し不気味でもあった。
海たちの父親、真澄の姿も当然ながらアルバムに刻まれていた。髭こそないが、むさ苦しさはそのままだった。真澄もまた海と陸によく似ていて、三人は三つ子のようだった。
「真澄さんは今とあまり変わってないね」
「老け顔なんだろう」
真澄が若さを保っているという風には海は考えないようだった。
アルバムには文化祭や体育祭、部活動の様子をとらえた写真がちりばめられていた。教職員の写真には津田沼校長の姿があった。当時は校長ではなく、理科主任という肩書きだった。富岡校長は生物教師と紹介があった。二人とも二十年の時の変化を感じさせない姿だった。ある程度の年齢までいくと顔はそうそう変わるものではなくなるらしい。
幸子の姿もあった。今と違って髪が短く、全体に張りがあった。幸子の二十代から四十代への変化ははっきり見てとれた。幸子は同じ年頃の女性と一緒の写真に収まっていた。夏休み前に行われる球技大会での一枚だった。同じ女性は英語部の部活動写真にも写っていた。
「失踪した宮内先生って、この人じゃないかな」
八重歯がチャームポイントの人懐こい笑顔が魅力的な女性だった。
「男子生徒が憧れるわけだな。パパと真澄さんも宮内先生のファンで、英語の授業は張り切っていたんだって」
「その割には英語が得意だという話を聞かないけど」
「宮内先生が気になって授業には身が入っていなかったのかもね」
クラスごとの個人写真、集合写真、部活動や学園行事をとらえた写真、教職員の写真と、隅からすみまで見尽くしたが、篤史がそこに何を発見したのかはわからずじまいだった。何度ページに目をやっても、何の変哲もない卒業アルバムにしか見えなかった。
「とりあえず、卒業アルバムを全部見てみよう。僕はさらに古いアルバムを見てみるから、空は二十年前のものから今のものへとむかっていってみて」
「うん、わかった」
二十年前のアルバムを本棚に戻し、海はさらに古い二十一年前のアルバムの背に指をかけた。空は戻したアルバムの隣にあったアルバムを引き抜いた。
「あれ?」
表紙をめくるなり、空は小さく叫んだ。内表紙には十八年前の日付が印刷されていた。間違えて二年分さかのぼってしまったかと空は本棚に引き返した。
「ん?」
十八年前のアルバムを本棚に戻した空は首を傾げた。二十一年前のアルバムは海が見ているからその部分は抜けているが、あとは年代順にきちんと並べられている。しかし、そこに十九年前のアルバムだけが欠けていた。
「海、もしかして間違えて十九年前のアルバム持っていってない?」
本棚に戻ってきた海に空は尋ねた。
「戻し間違えたのかもしれないな」
アルバムの本棚をざっと調べ、十九年前のものがないとわかると、海と空は司書のもとを訪れた。
「あら、変ね。確かに全部返してもらって、ちゃんと本棚にも戻したんだけど」
アルバム一冊分のスペースを本棚に発見し、司書は首を傾げていた。全部戻してもらったと思っていたのは自分の勘違いで、もしかしたら篤史が紛失したのかもしれないと司書は疑っていた。
紛失ではなく盗難だと海と空は考えた。何者か――おそらく一連の事件の犯人――が十九年前のアルバムを図書室から持ち去ったのだ。篤史は犯人につながる手がかりをアルバムに発見したのに違いない。アルバムは持ち去られ、そして篤史の口も塞がれ、真相は再び闇の中に押し戻されていってしまった。
「十九年前の卒業生を一人一人あたっていけば誰かは卒業アルバムを持っていそうなものだけど」
そう提案したものの、一学年だけでも百人を超す生徒数に空は気が遠くなる思いだった。
「そんなことしなくても大丈夫だ。アルバムのある場所はわかっている」
自信たっぷりに言うと、海は早足で図書室を出ていった。
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