第2話 怪談の呪い(2)

部活の朝練はおろか、その日の授業も中止になり、生徒たちはただちに下校するようにと指示された。休校になったと電車に乗ったところで知った空は次の駅で降り、御藏家へむかった。


 陸は遅刻する気だったらしく、パジャマ姿に寝グセのついた髪で空を迎えた。海はその日は朝早くに登校したらしく、真澄が慌てて迎えに行ったところだった。


 休校になった連絡では詳しい理由は知らされなかったが、またしても事件が発生したらしいとは簡単に想像できた。


「今度もまた、怪談に絡んだ事件なのかな」


「たぶんな」


 陸は欠伸をかみ殺した。二度寝でもするつもりでいるのか、いまだにパジャマ姿のままだ。


「残っている怪談は、開かずの間と骨格標本の二つだから、そのどちらかだな」


「ねえ、陸。思うんだけど、開かずの間に見立てた殺人事件はもう起きているんじゃないかな」


「んあ?」


 伸びをした姿勢でとまった陸の目が見開いていた。


「美術室の動く石膏像、トイレの紙さま、血を流すマリア像、八角の間……犠牲者は津田沼校長、相馬、山下、中山って子の四人。他に死んだ人間はいないぜ?」


 自分のマグカップ、空のカップ、真澄ののみさしのカップと、陸は視界に入ったものを手元に引き寄せ、並べてみせた。四つ目は真澄の食べかけのトーストが乗った皿だ。


「松戸先生!」


 空はジャムの瓶を滑らせた。


「松戸は警察に疑われて失踪中」


「ってことになっているけど、実は殺されていて、死体は開かずの間に隠されているんじゃないかな」


「なんでそう思うんだ?」


「実はね……」


 玄関で物音がした。海が帰ってきたらしい。居間にいる空には目もくれず、海は廊下をかけてまっすぐにバスルームへとむかった。真澄が後からゆっくりとやってきた頃にはシャワーを使う音が聞こえていた。


「何があったのさ?」


「さあな。迎えにいったはいいが、とにかく一言も口をきいてくれないから、さっぱりわからん。わかっているのは、学園で死体が発見されたってことだけだ」


 真澄は陸にむかって肩をすくめてみせた。


 死体が発見されたと聞き、空と陸とは互いに青ざめた顔を見合わせた。




「何があったの? 死体が発見されたってことだけど」


 Tシャツに着替えた濡れ髪の海にむかって空は穏やかな調子で尋ねた。そうでもしなければ今にも海が爆発しそうにみえたからだった。


「生物室だ。骨格標本のかわりに死体が吊るされていた……」


 そう言うなり、海は膝の間に頭を垂れた。


「図書室で調べ物をしたかったから、朝早くから学園に行ったんだ。旧校舎に入ったところで、異臭にはすぐに気づいた。他の生徒も気づいていて、生物室の前でちょっとした騒ぎになっていた。ネズミだか何かが死んでいるようなにおいだと言われてたけど、そんな生易しいものじゃなかった。腐敗臭というよりは、崩壊といった感じの不自然な形の……。浅見さんが来て生物室のドアを開けたとたん、それは廊下にいた生徒全員に殴りかかってきた。臭いとかじゃない、痛いんだ。まるで横っ面を殴られたみたいに。……今も呼吸しているだけであの臭いを嗅いでいるような錯覚に陥る。あの死臭が細胞にまでしみ込んでいる気がする。いくらシャワーで洗い流しても、取れないんだ……」


 話をしている間中、海は両腕をしきりにさすっていた。まるで死臭をこそげ落とそうとしているかのようだった。


「海は、死体を見たのね?」


 膝の間に沈んだ頭がかすかに上下した。


「すぐには誰だかわからなかった……。でも支柱から降ろされた死体を見て、寺内だと判った。週末から行方不明になっていて、家族から捜索願いが出されていたらしい」


 かきむしらんかのように強く髪の毛をつかんだ両手に、海の恐怖と混乱、怒り、悲しみ、様々な感情がこめられていた。


 生物室で発見された死体が篤史だと知って動揺を隠しきれず、空は顔を両手で覆った。


「そんな……まさか、七つ目の怪談を知ったからっていうんじゃ……」


「どういうことだ、それ?」


 眠気の吹き飛んだ陸が食いつき、海も膝の間から顔をあげて、空を見上げた。


 七つ目の怪談が何かがわかった、七つ目の怪談を知ると死ぬという呪いの謎も解いたと篤史が言っていたこと、八角の間で幽霊を見たと言っていた生徒が行方不明になっていることなどを、空はかいつまんで話した。


「幽霊を見たって言っていた生徒も多分殺されてるんだろな。八角の間の幽霊イコール犯人説が裏付けされたってわけだ。ってことは、やっぱり白衣姿の松戸が犯人なのか」


「そのことなんだけど、七美の事件に関して、松戸先生はアリバイがあったんだ」


 空は、希美から聞いた話を繰り返した。


「アリバイとしては弱いな」


 それまで黙り通しだった海が口を開いた。


「松戸先生と白石先生が一緒にいたと証明する第三者がいるわけじゃない。お互いにアリバイを証明しあっているだけで、裏を返せば白石先生にもアリバイがないってことになる」


「海、それじゃあ、白石先生が犯人かもしれないってこと?」


「可能性の話をしているだけだ。そうだとは言っていない。共犯関係なのかもしれない」


 不倫を咎められたことから、希美には津田沼校長を殺害する動機があった。松戸には裏口入学と不倫と二つの動機があった。二人が共謀していたとすると、津田沼校長が死んだ夜の松戸のアリバイも怪しくなる。松戸が急いでいたと言っているのは希美だけなのだ。


「なあ、さっきから聞いてると、怪談だとか、死ぬだとか、犯人だとか、物騒な話をしているけど、一体何なんだ?」


 真澄の存在をすっかり忘れていた三人は、はっとして口をつぐんだが、時すでに遅しだった。


 三人は、かわるがわる、学園には七つの怪談が伝わっていること、怪談に見立てた連続殺人が起きていること、七つ目を知ると死ぬという呪いの存在などを真澄に語ってきかせた。


 話を聞き終えた真澄は、すっかり冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干した。


「今は七つあるんだな。俺が学園生だった頃は三つしかなかったんだが。七つ目を知ると死ぬとか、初耳だぞ」

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