第4話 トイレの紙さま(4)
「そういえば、星野さん、確かマスメディア部だったよね?」
放課後、用事があって訪れた事務室を訪れた空を目にするなり、幸子が口を開いた。
「はい、そうですけど」
「ホームページで変更してもらいたい箇所があるんだけど、お願いしてもいいかしら」
学園のホームページはマスメディア部が管理している。とはいえ、部員たちの好き勝手にしていいわけではなく、内容についてはすべてチェックされ、学園からのお知らせといった事務的な内容に関しては事務員の幸子たちからデータを渡されて部員が処理するという仕組みになっている。
「相馬さんの事件について、富岡校長のメッセージが掲載されているでしょ。誤字が見つかったので急ぎで修正してもらいたいんだけど」
校内で発生した事件で生徒が死亡したとあって、メディアは並々ならない関心を寄せた。学園側のメディア対応として、富岡校長は簡単なメッセージをホームページに掲載すると決定した。事件を遺憾に思い、亡くなった生徒を悼む、生徒たちに学園生活を普段通りに送らせてやってほしいと、要するに取材攻勢著しいマスコミを牽制するためである。
「宮島先生に頼んでおいたんだけど、まだ修正されていないの。きっと忙しくて忘れているんだと思うから、もし星野さんが修正できるなら、すぐにでも手を入れてもらいたいんだけど」
「そういうことなら。部室に戻ったらすぐに修正しておきますね」
「ありがとう、助かるわ」
「あの、それで、お願いしておいた例の書類のことなんですけど……」
「ああ、そうそう。忘れるとこだった」
空に催促され、幸子は小走りに自分のデスクへと戻っていった。机の上に無造作に置かれていた紙切れをひったくった途端、電話が鳴った。幸子は受話器を耳にしながら、目では空にむかって待つようにと合図を送った。
「待たせちゃって、ごめんなさいね」
二言三言話した後に電話を切った幸子がカウンターへと戻ってきた。その背中で再び電話が鳴った。自分も電話を切ったばかりの玲子がかわりに受話器を取っていた。
「忙しそうですね」
「マスコミからの取材申し込みの電話なの。全部断るようにって富岡校長から言われているんだけど、きりがないわね」
「七美の事件があったから……」
「事件については警察に任せているし、被害者の生徒についてはこちらから話すことは何もないっていっているんだけど」
「犯人が捕まれば落ち着くんじゃないですか」
「そうね、早く捕まるといいんだけど……」
大きく息を吸い込んだかと思うと、幸子は声をひそめて「もしかしたら、襲われていたのは私だったかもしれないの」と打ち明けた。
「どういうことですか?」
「私ね、あの日、お茶を飲もうと思って給湯室にいたの。もし廊下を歩いていて、犯人に出くわしていたりしたら、私が襲われていたかと思うと……」
恐怖に肩を震わせ、幸子は両腕をこすった。
「浅見さんが給湯室にいたのって何時頃ですか?」
「午後の授業が始まっていたから一時過ぎっていうのは確実ね。正確な時間は覚えていないけど、たぶん一時十五分か二十分か、そんなところだと思う。一時半にはなってなかったのは確かよ。だって一時半には救急車を呼んだから……」
空の耳の底で救急車のサイレンが蘇った。
「七美が襲われたトイレと給湯室と結構近いですけど、浅見さんは何か変わったことを見たり、聞いたりしなかったんですか? 七美の叫び声とか」
幸子は眉根を寄せて、首を横に振った。
「警察にも訊かれたけど、何も変わったことはなかった。もちろん、犯人を見てもいないし、相馬さんが襲われた時の叫び声なんかも聞いてない。もっとも、叫び声をあげられなかったんだと思うけど……」
眉間に寄せた幸子の皺はますます深くなった。
「相馬さん、口にトイレットペーパーを詰め込まれていたのよ。予備の物も含めてトイレ中のトイレットペーパーが散乱してて、廊下にまで転がっていた……」
七美はトイレの紙さまに殺されたという噂がまことしやかに囁かれているのは発見された時の状況がそうとしか思われないからのようだった。
「叫び声は聞いたけど、それは相馬さんじゃなくて、倒れている相馬さんを発見した生徒の子があげたものだったの。その時はわからなかったけど。廊下で市川先生とちょっと立ち話をしていたら――」
「市川先生?」
「ええ。給湯室を出たところで市川先生とばったり会ったのよ。名簿を忘れたので職員室に取りに来たんだとかそういう話をしていた時に、ものすごい悲鳴が聞こえてきて、すごく驚いた。何だろうと思って、とにかく叫び声の聞こえてきた方向にむかったの」
「ひとりでですか?」
「いいえ、市川先生と二人ででよ。よく考えたら、まだ犯人が近くをうろうろしていたかもしれなかったのに危険だったわよね。でもその時はまさか相馬さんが襲われていたなんて思ってもみなかったから……」
ちょうど空が居眠りをしていた時間だった。その間に七美の命は簡単に奪われてしまったのだ。
「トイレで倒れている相馬さんを発見して驚いていたら、富岡校長と保健医の野沢先生が来たの。私たちと同じで、叫び声を聞いて何事かと思ったって。野沢先生は血だらけの相馬さんを発見して気分が悪くなった生徒を保健室に連れていったわ。市川先生は『美術室に生徒だけにしてきた』って真っ青になって廊下を走っていって。富岡校長と私とは事務室に急いで行って校内放送を流したの」
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