第11話『開戦の火蓋・アリサとバシス』

 参議院本会議が中継される。

『……賛成多数と認めます──よって、日程第一、内閣総理大臣・防衛大臣提出の防衛出動承認決議案は可決しました!』

 与党席からの拍手と野党席からのブーイングの中、岸本と荒垣が起立し、議場に向け一礼する。


【 NKHニュース速報:国会が防衛出動承認 】



 ……国会の模様は護衛艦やまと士官室のテレビでも見ることができた。

「あいつなかなかやるな」

 洋祐がぼやく。

 音楽をけなされたためだろうか。国会での美咲のあのような怒った姿を見たことはなかった。

 傍らにいた長瀬が洋祐に話しかける。

「……とにかくこれで、防衛出動が正式に承認された。忙しくなるな」

「そうですね艦長」


     *    *


 ぼんやりとした意識の中、バシスは周囲を見回す……


 自身が闘技場コロシアムに立っているのに気づいた。

 地鳴りが一帯に響き、人々がざわめく中──その中心にいる人物に目が止まる。

 淡い金色の髪に、青空を閉じ込めた瞳の彼女は──

「(アリス!?)」

 彼女は臣民ら、文官、軍官、重臣に次々と転移魔法をかける。水色の魔方陣を描き消えゆく人々……


 ──それはまさしく、先代異世界『箱庭』の最期だった。


 銀髪に緋色の瞳の青年が地に伏していた。

 ……紛れもない。バシス自身だ。

 そこに向かおうとするも、足がもつれ歩けない。

「(幻か……?)」

 バシスの意識が、過去の自身を視ている状況だ。


 アリスがバシスを助け起こすのが見える。

『すまないアリス……デューゴスを取り逃がした』

『いいのよ、みんなもう別の世界──方舟に転移させたから』

『それでそんなに顔色が悪いのか……なら、その世界に行くとするか』

『だけど……ごめん、あとひとりしか転移させられないの』

『あとひとりって──お前! まさか』

 バシスが問いただすと、アリスはばつが悪そうにうつむく。

 ……彼女の空色の瞳には透明な涙がたまっていた。

『馬鹿かお前!? お前は一国の王だろうが! 犠牲になるなんて!』

『……そうね、私は少し前から馬鹿になってしまったのかも……──だから、だからあなたに、生きていてほしいと願う』


 転移術をかけられ、バシスの身体は透けてゆく。


 バシスと過去の彼との絶叫が重なり、そこで意識が途絶えた……


     *    *


 カッと緋色の瞳が開かれる。


 ……バシスは天井を見回し、今までのビジョンが夢であったことを知る。

 執務室でうたた寝をしていたようだった。

 彼はゆっくりと椅子から身を起こす。

「バシス……バシス!」

 彼の傍らには、アリスと同じ青色の瞳と淡い金色の髪を持つ少女──アリサが心配そうな顔で座り、彼を見つめていた。

「うなされてた……泣いてるの? バシス」

 バシスは指で目元を拭い、濡れているのに気づいた。

 可愛らしい空色の瞳に見つめられ、泣いている自分を見られたくなくて……彼は目をそらす。

「アリサ……お前の過去を、見てきた……」

 バシスは辛そうに、途切れ途切れに告げた。


 想い人であり、命を救った恩人であるアリス。その彼女の生まれ変わりであるアリサ。 

 彼女の頭をバシスは撫でる……

「……お前も、思い出したのか?」

 アリサは頬を桃色に染める……されるがままにバシスに撫でられ、彼に身を預けていた……


     *    *


 中国大陸沖合──台湾海峡。

 海原を走る二隻のイージス駆逐艦。

 中国軍に対し、アメリカ合衆国海軍第七艦隊、駆逐艦『ベンフォルド』と『デューイ』は警戒任務についていた。


 デジタル模様の戦闘服を身に纏った下士官兵らがCIC──戦闘指揮所を行き交う。

「艦長! 中国軍基地に動きあり!」

「来たか──コンディションレッド発令! 総員戦闘配置──」

 ベンフォルド艦長エドワード・サウスマウンテン中佐が自艦と僚艦に指示した。

 艦内にアラームが鳴り響く。

「目標捉えました! 対艦弾道ミサイルです!」

「BMD(弾道ミサイル迎撃)──SM3発射!」


 二隻の甲板から火炎が吹き上がり、迎撃ミサイルが噴煙を残し天空に舞い上がる。


 レーダー画面にミサイルを示すアイコンが灯る。

「インターセプトまで10秒…………スタンバイ、マークインターセプト!」

「やったか!?」

 サウスマウンテンが身を乗り出す。だが……

「──1発撃ち漏らしました!」

「艦長より戦術長へ! 直ちにトマホーク巡航ミサイル発射用意、目標敵発射基地!」

「発射用意よし」

「トマホーク発射! ……敵ミサイルの軌道は!?」

「デューイに向かっています! ……待ってください!」

 レーダー担当が切迫した表情で告げる。


「──敵ミサイル超高速で飛翔しています!」


「何!? ……デューイ、回避運動をとれ!」

「着弾します!」


 黒びかりするミサイルには紅蓮の紋様が刻まれ、超高速で駆逐艦デューイに突っ込む──


 ──爆発!


 艦橋構造物、主砲、甲板が膨れ、火炎を撒き散らしながら圧壊する。

 アメリカ合衆国海軍が誇るイージス駆逐艦『デューイ』は、黒煙で空を汚しながら沈没した……


「……トマホークミサイル敵基地に弾着しました」

「了解……副長、デューイ乗員の救助を」

「了解」

 報告を受け、サウスマウンテンは指示を下す。


「司令部に報告しろ──それからペンタゴン、ホワイトハウスに緊急連絡だ」

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