第4話『時巡る方舟・精霊魔法の記憶』
内閣府特定事案対策統括本部──
岸本内閣総理大臣、荒垣防衛大臣兼特事対本部長列席のもと、摂政バシス大公により方舟の秘密が洋祐と美咲に明かされようとしていた。
ふたりに目線を合わせつつ、バシスは語る……
「高天ヶ原メディカルセンターからのサンプルをこちらで解析した結果、美咲殿の体内から、精霊魔法の根幹をなす『太陽因子』が発見された」
美咲が目を見開く。
「えっ……!?」
バシスは続ける……
「彼女には精霊魔法を増幅させる力があるようだ。実際、交流式典の時、彼女の歌声で我々精霊族の身に魔力が宿るのを感じた」
……そしてバシスは精霊魔法について解説する。
先代異世界『箱庭』の女王アリスが精霊魔法の根幹たる太陽因子を宿していたこと。その彼女が邪神デューゴスの襲撃に際し、新代異世界『方舟』を創造し、臣民を転移させ崩御したこと。それ以来方舟の精霊魔法が衰退していることを……
バシスの目配せに応じ、岸本が一歩前に歩み寄る。
「──そこで、西村美咲さん。あなたにはこの特定事案対策統括本部でわが政府に協力していただきたい」
頭を下げる総理大臣に呆気にとられる美咲。
バシスが岸本に続く。
「俺からも頼む。貴女に方舟の運命がかかっている」
美咲は目を伏せ、思考を瞬巡させる。
洋祐が心配し、彼女を見やるが……
「──わかりました。私で力になれるのなら」
意を決し、美咲は面を上げた。
「美咲……」
「大丈夫洋祐。それにファンタジーの世界を救えるなんて、なんか面白そうじゃない?」
美咲は笑ってみせた。その様子にバシスや岸本たちが胸を撫で下ろす。
「では、美咲さん。あなたには内閣官房参与としてこの特事対に所属していただきます」
頷く美咲。
彼女を加え、新たなる態勢のもと、日本国政府と方舟の奮闘が始まる──
……かくして、特事対会合の初日が終わった。
* *
幾千もの臣民が城下にひしめく。
宮殿を取り囲む煉瓦造りの城壁……その頂に彼は現れた。
金の装飾が施された濃紺の軍服に黒のマントを纏い腰には剣を吊るす彼──方舟摂政、バシス大公だ。
続いて、真紅の装束を身につけた女が登場する。
「ミュラ女王陛下だ!」観衆のひとりが叫んだ。
手をふる女王。臣民は熱狂する。
熱狂を手で制し、バシスが口を開く──
「──誇りある方舟臣民諸君! 先王アリスを失った今、この国には『バシス・ドクトリン』が必要だ!
「「──ミュラ女王陛下! バシス大公殿下! 万歳!──」」
歓声の渦を背中に受け、ミュラとバシスは去った……
ミュラは自室に戻るとバシスに告げ別れた。
回廊を進むバシス。
「大公殿下」
随行する宰相──ローデウスがバシスに語りかける。諜報尚書イナバもその後に続いた。
「アリサの様子はどうだ?」
「女王陛下の部屋におられます」
バシスの問いにローデウスが応じた。
「……先ほどまで王立図書館にいたようです」
イナバの報告にバシスが口を固く結んだ。
「……知ってしまったか、この世界の歴史を──アリスのことを」
* *
「単刀直入に聞くけど──先代世界の箱庭で何があったの?」
アリスと同じ空色の瞳の少女──アリサの問いかけに、ミュラはたじろいだ。
「何も……ないよ」
震える手でティーカップを置き、辛うじてミュラは言葉を紡いだ。
……アリサ・フォン・キャンベラー。方舟が日本列島に転移した時に転生した少女である。
方舟においては、定期的に別世界の者が召喚される。
転生に立ち会い、彼女を方舟に
幼少期は病弱な分読書にふけっており、相当の知力を持つ少女である。
先の質問もその能力ゆえだった……
「……本当に?」
「……何かあるんじゃないかと思うなら推理して」
「大丈夫?」
アリサは唐突にそう言った。
「ミュラ、何だか今……とても辛そうな、そんな感じがしたわ」
ミュラは呼吸を忘れるほど驚いた。
「箱庭のこと、考えてみるから今日は失礼するわね」
紅茶を飲み干し、アリサは席を立った。
──ミュラ、とても辛そうな、そんな感じがしたわ──
「アリサが、アリスと同じことを言った……」
「……そうですね」
ミュラが侍従長のロストに語りかける。
「私、ひどい奴よね。アリスとアリサを重ねちゃうの」
「…………」
「私ねロスト。……いつか彼女をアリスとして扱いそうで怖いの」
「……はい」
「アリサは……あの人じゃ、ない……のにっ!」
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