第一章【風雲篇】

第3話『内閣府特定事案対策統括本部』

 東京、首相官邸──


 官邸二階会議室の中央にテーブルが据えられ、それを囲むように官僚たちが立つ。

 内閣府特定事案対策統括本部──通称、特事対とくじたいの会合が始まろうとしていた……


 扉が開かれ、皆が姿勢を正す。

 入室した人物は荒垣健あらがきたける防衛大臣兼特事対本部長であった。

 緊張を解くよう手で合図し、彼は口を開く。

「──皆揃っているな。今回、異世界担当大臣を兼務することになった荒垣だ。よろしく頼む。……では高原先生、お願いします」

 特事対副本部長、医学博士の高原博嗣たかはらひろつぐが一歩前に出る。

「分かりました。今回の招集は、日方文化交流イベントの一連の出来事、カグツチ……異世界ではデューゴスと呼ばれている邪神、それの真相究明が目的です。既に当該人物は高天ヶ原メディカルセンターで検査中です。それでは各部署から報告を……」


      *    *


 採血にほんの少し顔をしかめる美咲みさき

「お疲れ様でした。……このサンプルは特事対に」

 看護師が美咲をねぎらいつつ奥に控える同僚に指示を出す。

「終わったか?」

「うん。そっちは?」

「俺も今終わったところ」

 洋祐ようすけの問いかけに、腕に貼られた絆創膏を押さえながら美咲が応じる。

 

 日方文化交流イベントのステージにて、カグツチの付近にいた人々は特事対の保護下に入り、高天ヶ原メディカルセンターにて検査を受けていた……当然、彼ら東城洋祐とうじょうようすけ三等海尉、西村美咲にしむらみさきも例外ではなかった。

 翌日、彼らは首相官邸に赴くことが決まっており、その期間の世話は、高原が理事長を務める高天ヶ原メディカルセンターが請け負うこととなっていた。


 洋祐と美咲はマイクロバスに乗り込む。

 バスが発進する。ふたりの若者は考えにふけっていた……

「……私の歌と関係あるのかな、カグツチ?が現れたのって」

 美咲が俯きながら切り出す。

「分からないけど……何か大きな事が動き始めてる気がするな」

 頬杖をついていた洋祐が応じた。

 どことなく不安そうな美咲。彼女の手を洋祐が握った……


     *    *

 

 朝日が官邸をオレンジ色に染め上げる頃──

 集合時刻はマスコミ対策で早朝に設定された。


 首相官邸エントランスに黒塗りのワンボックスカーが横付けする……

 車内から現れたのは特事対副本部長、高原だった。彼に続いて洋祐と美咲が降り立つ。

 洋祐は白の制帽に金の装飾をあしらった黒衣の海上自衛隊の正装、美咲はパンツスーツとフォーマルな服装に身を固めている。


 係官がIDを確認する。

 人生初の官邸訪問に緊張するふたり。

 高原の先導で会議室に入る……壁には【内閣府特定事案対策統括本部】と達筆で書かれた木看板が置かれ、ふたりは気を引き締めた。

 

 扉が開かれる──

「久しぶりだね洋祐君、それに美咲さん」

 出迎えたのは荒垣健防衛大臣兼特事対本部長だ。

 洋祐は以前にも面識があるため慣れた様子で敬礼。一方美咲はしゃっちょこばって一礼し、荒垣がくすりと笑う。

「おう、お前らも来たのか」

 洋祐と同じく海上自衛官の正装に身を包んだ幹部自衛官が歩み寄る。

「親父!? どうして……」

 海上自衛隊自衛艦隊司令官にして洋祐の父、東城宏一とうじょうこういち海将であった。

「統合任務部隊指揮官として招かれたのさ。ま、俺もカグツチを目の当たりにしたからな」

 ……官僚たちが続々と入室する。

 会議室の四隅には長机、椅子、コピー機やパソコンが並び、対策本部としての様相を呈していた。


 荒垣が前に立つ。

「それでは、始める前にゲストの紹介がある──」

 耳に小型端末をつけたSPが先に入室し、鋭い眼差しで室内を見回す。ものものしい雰囲気が漂う。

「(VIPか……?)」

 洋祐が扉を注視する。

 ダークグレーのスーツに青いネクタイを締めた長身の男が入室する。眼鏡をかけ理知的な風格の彼は……


「──き、岸本総理!?」


 内閣総理大臣、岸本勇雄きしもといさおであった。テレビ越しにしか見ない総理大臣の姿に皆緊張する。

「……皆さんおはようございます。岸本です。特事対招集初日にあたり、やって参りました。今回カグツチに関する一連の事案に対処するにあたり、異世界方舟から協力者にお越しいただきました」


 ……どうやらゲストは岸本だけではないらしい。

 

「ではバシス大公、イナバ諜報尚書ちょうほうしょうしょ、どうぞ」

 SPがふたりの人影を平手で誘導する……

 金の装飾が施された濃紺の軍服に黒のマントを纏った銀髪の青年、そして獣耳が生えた少年が入室する。

「方舟摂政、バシス大公だ。内閣府特定事案対策統括本部の皆、わが方舟は協力を惜しまないつもりだ。よろしく頼む」

 バシスなる青年は堂々と名乗った。

「諜報尚書、イナバです。王立図書館司書として知りうる限りの情報をお伝えしましょう」

 イナバなる少年が獣耳を揺らしながら挨拶した。



「……今より語ろう、太陽因子の宿命を────」


 

 

 


 

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