第3章 出会い
7. 改革
ピトンッ
ピトンッ
ピトンッ
ほろ苦い珈琲の匂いとともに聞こえてくる。
珈琲をおとす音。
ひんやりとしたタオルの感覚に自分が倒れたことを思い出す。
思い切り鋭利な刃物で切り裂かれて、殺されかけたということを。
ここはどこだ?
僕の家には珈琲を入れる機械など置いていない。
だいたいインスタントで済ませているし、ちゃんとしたいものが飲みたい時には近くの喫茶店にでも行けばいいのだから。
てか僕何してたんだっけ。
倒れたことは覚えてるし殺されかけたことも覚えているがその後の記憶が倒れたせいか全くもって記憶にない。
途切れ途切れな誰かの声があったことがかすかに記憶の中にあるだけでそれ以外はもう思い出せすらもしない。
着替えて、出かけて、爆発が起きて、戦闘が起こってるところを目撃して、、切り裂かれて、、、、、。
なんとか思い出そうと経過を頭の中で整理していくものの記憶の中に靄がかかる。それはだんだんと濃さを増していき考えれば考えるほど記憶からは消え去っていく。
何も思い出せなくなっていく。
だめだこんなんでは考える方が無駄だ。
意識する方が無駄でしかない。
そんなことより自分はどれほどの間眠っていたのだろうか。
どれだけの間、こんな得体の知れない場所で眠りこけていたのだろうか。
そもそもあれほど血を流しておいて生きているということは誰かが手当を施してくれたということだろう。
それは誰だ。警官隊の人間か?
いや、だとしたら目が覚めた時には病院のベットにいるのが当たり前だろう。
だがここはどうだ。
アンティーク調な空間に和を混ぜたかのような一見ぐちゃぐちゃに見えて綺麗におしゃれにまとまった空間。
少なくとも病院の病室ということはあり得ないだろう。
いや、もしも僕が病院という空間に関わらないでいる間にこんなことになっていたのだとしたら知らないが薬品の匂いなどがないこの空間は100%病室ではないと断言してもいいだろう。
なるほど、じゃぁここはどこなのだろうか。
もちろんのことだが僕自身の自宅でもない。
自虐のようにもなるが少なくとも僕の自宅はこんなにもおしゃれではない。
いや、おしゃれなわけがない。こんな風にデザインするお金があるのならもっと僕は裕福な暮らしをしていることだろう。
裕福ということで行けば、志賀咲生徒会長もとい華の家という可能性はないのかと思うものもいると思うがそれこそ100%ありえない。
あの頑固で常識の塊のような堅物といったらこんな感じなのだろうという世の中の思春期女子なら嫌いになるであろう父親のタイプランキングなんてものがあれば圧倒的一位になるであろう親父さんが、いくら死にかけの病人だとしても大事な大事な愛娘の部屋に男を入れるなんてことは絶対に許さないだろうからね。
それにもしも鼻が内緒で僕を助けようとこの場に連れ込んだのだとしたら見つかった瞬間僕の人生は本当の意味で最後になるだろう。
せっかく助けられた命だが秒速で消え去ることだろう。
なのでありえないというよりもありえて欲しくないのだ。
とりあえず携帯で位置情報でも調べようと上半身を起こそうとして激痛が走ることに気づく。
くらりと目まいが起きてすぐさまベットに倒れ伏した。
まだ血が足りないのだろうか。
一度起きためまいは収まることはなく横になってもぐらりと脳を揺らす。
頭の中で脳みそが固定されずにゴロゴロと転がり回ってるかのようなくらいには視界が揺れる。チカチカと目の前が青と黒でスパークし壊れたテレビの砂嵐のようにザーッっと視界を染め上げる。
ただただ吐き気が込み上げるのに吐けないという時間が続く。
思わず溢れる嗚咽とうめき声に気がついたのだろう。
赤がかった茶髪に真紅の瞳の男が歩み寄ってくる。
「起きたか、どうだよ気分は。一応あいつに言われたから手当てはしてるけどよ。」
そうぶっきらぼうに言われたので掠れた声で言葉を返そうとして言葉に詰まる。
それもそのはずだ。
そこに立っていたのは先ほど、、と言ってもどれくらい前なのかはわからないが。
少なくとも僕の中では先ほどなので先ほどというが。
目の前にいるその男こそ、先ほど僕の体を切り裂いて殺そうとした人物そのものだったからだ。
警戒し距離を取ろうとするも体は動くわけがなく、当然のように激痛が走り、先ほどまでのしんどさが続くだけだった。
むしろ悪化した。
この男は敵意はないのだろうか。
先ほどまであった殺意や殺戮を楽しむ様子はどこにもなく、ただ、むしろ前よりもその笑顔に気味の悪さを感じた。
この男はもしかするともともと、殺すことなど何とも思ってもないのではないだろうか。殺すことは当たり前、日常、、むしろ趣味のレベルなのではないだろうか。
そんな気味の悪さを感じながらも、対峙する。
殺されることはどうやらないようで本当に僕の様子を見にきただけのようだ。
珈琲を入れたマグカップを持った男にそのコップを渡され多少警戒心を持ちながらも口に含めばそのほろ苦さとミルクの甘さに心身ともに多少は落ち着いたのかやっとまともに思考回路が働いてきたのがわかる。
「まだ、痛い」
素直にそう告げれば男はそうか、と頷き再び部屋の奥へと消えていく。
敵意はないのが見て取れたが、かといって何もする気はないという風にも取れなかった。ならば彼は一体なぜ僕を助けたのだろうか。
そもそもここはどこなのか。
その質問にもまだ答えてもらっていない。
誘拐、、だろうか。
そう捉えるのがきっと正解に限りなく近いだろう。
なんて思考回路が堂々巡りになりかけていたところで先ほどの男が消えていった奥の扉が音を立てた。
「狐影春翔くんだよね」
緑色の垂れ目に、明るい茶髪。人畜無害そうな笑顔を常に浮かべてるがどこか冷たく冷え切ったその表情はまともに向き合ってはいけないと本能的に察するレベルに冷たい印象を受ける入ってきた少年は告げる。
何で僕の名前を知っているんだ、何でこんなところに僕を連れてきた、君らは一体誰なんだ、なんて聞きたいことはたくさんあるのだがなぜだかすぐには口に出なかった。
人間というのは本気で恐怖心を感じると声なんてものは出なくなるのだな、と。
改めて実感した瞬間であった。
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