5.始まりと終わり
結局あの後、生徒たちも部活どころではなくなってしまいすぐに校舎から帰らされた。僕たちの前に現れたあの青年は特に何かをするわけでもなく
「また会えるのを楽しみにしてるよ」
なんてクスクスと笑った後、姿を消した。
微かな香りを残して消えた彼の帰り際に見えた首筋の紋章を見れば、彼はきっと騎士団の家系なのだろう。焦ったように駆け寄ってきた華に無事を告げ僕らも共にその場を後にした。
今回の件に関して僕ら、いや、僕はなんの関係もない。
いじめの主犯格が死んだというだけだ。
むしろ僕にはデメリットしかない。
普通ならばいじめの主犯が死んだ。
もういじめられることはない。やったぁ。
なんて判断になるのだろうけれども。僕の場合は違う。
彼が死んだということはそれを殺した人間がいるかもしれないという可能性がどうしても浮上してしまうからである。あの放送だって仕組んだのかもしれないなんて思われるかもしれない。今回は死因が飛び降りだ。
仕組もうと思えば誰でも仕組める死に方だ。
いじめの主犯格が死んだ時、真っ先に疑われるのは誰だと思う?
そう、いじめられていたものだ。つまり僕だ。
しかも今回の場合、直前まで僕はそばにいたため余計に疑わしいだろう。
いじめを知らない者からすれば何んとも思わないなんていうものがいるだろうけれども、僕のいじめは学校全体に広がっている。
それこそ生徒から教師、保護者まで、だ。
全く関係のない人間たちでさえこの学校の関係者ならば僕の名前を聞けば忌み嫌う。
特別僕が何かをしたわけではない。
まぁ、男子からしたら容姿端麗、博識広聞、圧倒的美に家柄を持っている華と幼馴染というだけで忌み嫌う嫉妬の対象になるだろう。
女はあれだ。ただ単に面白いから、だけだろう。
結局のところ人間なんて、いじめの原因なんてそんなものだ。
たまたまそこにいたから。
それだけなのである。
藍色の夜空の広がる中、ひんやりとした空気が頬を撫でる。
こんなにも気分が浮かないのに、夜中にそれもひんやりとした空気と言い表せない圧迫感を感じるそんな夜に外に出るんじゃなかったな、なんて思いながら歩く。
それでも何か考え事をしたい時にはこんな寒空の下をのんびりと歩くのがちょうどいい。
あぁ、口の中がザラザラして気持ち悪い。
荒んだ気持ちの時に吸う空気ほどまずいものはなかった。
ため息とともに白くなる息を吐き出す。
しばらく僕は立ち込める空気が氷結晶を作り上げた綺麗なそれを見つめると、
その先で街の中を点滅しながらも照らしているライトが切れかけた蜘蛛の巣やらなんやらだらけの街灯や会社の飲み会帰りだかなんだか知らないが頭にネクタイを巻いた顔を真っ赤にした千鳥足のおじさんやらを横目に眺めながら歩く。
それにしても今日は嫌に気持ちが沈む。
あの男が死んだ時は、心から気持ちが晴れ喜んでいたというのに。
その後に現れた青年の言葉のおかげで嫌な記憶まで思い出してしまったくらいだ。
そりゃあ気分も沈む。
そんな時は珈琲でも飲もうか、カラカラに乾いていた沈み込んだ心にほろ苦い液体が染み込んでいくあの感覚は何度体感しても気持ちが晴れるものだから。
そんな風に考えて店がある通りの方へ歩き出してから不意に今の時刻を思い出す。
午後三時。そろそろ朝だと言っても過言ではない時間帯だ。
「、、、こんな時間ではどの店も閉まってるか、」
諦めたように呟いた僕の声は夜の虚空に吸い込まれて消えていく。
あぁ。今日は本当に最悪の気分だ。
なんて憂鬱な気持ちを白い息に乗せてもう一度ため息を吐き出す。
それもまた冬の寒空に吸い込まれていったのだが。
珈琲は飲みたい。
だがこの時間帯ではどの店も閉まっている上にこの辺りには自販機というものがない。一日中空いているコンビニエンスストアなるものもかなりの距離を歩いたところにしかないし、そもそもあったところでそこまで歩いていくのかといわれれば行く気にもならなかった。繁華街がどこもかしこもキラキラだと思ったら大間違いだし、物語の中で描かれるようなキラキラとした世界や発達した世界のように僕の住むこの帝国がきらびやかなものかと言われればそんなのは一部の本当に王家が住むようなところだけである。
僕の住んでいるこの一帯の地域は目立った有名人がいるようなきらびやかな場所ではい。住宅街が並んでおりところどころ高層ビルがあるもののファンタジーでよく目にするような武器屋や魔法石ショップなんてのはないし、ましてやカフェなどといったお洒落なものも一切ない。
今から帰るか。
そう考えたが家に帰り自分で入れて飲むという気にはなれなかった。
そんなことをするくらいなら寝たい。
なら何で今僕がここにいるのか、わざわざこの寒空の中冷たい空気に当たっているのかと言えば何もない空っぽな自分でもなぜかここに存在しているのだという気持ちになれるからだ。
まぁ、あいにく曇り空で星は見えないのだけれども。
自分はここに存在している。
確かにここにいるはずなのに。
それなのにイマイチ実感がわかない。
生きている感覚がない。
こんないつ死ぬかもわからない世界なら当たり前だろうけど。
なんて珍しくもないマイナス思考にとらわれていた時だった。
不意に響いた爆発音。
一瞬何が起こったのかわからなかった。
目に飛び込んできたその光景は雷のように、光と音がほんの少し違和感をなしてずれたような感じだった。公園の木々をかき分けた先にあるひらけた場所から急に火が出て、鈍い音と共に近辺のガラスの破片がスローモーションで闇に降りそそいだのだ。
その破片は月明かりにキラキラと反射してまるで満天の星空のようだ。
ほんの数秒後に、眠っていた街のすみずみから人がわらわらととび出して来てとたんににぎやかになり、遠くからパトカーや消防車のサイレンの音が近づいてきた。
何事だろうか。
いつものような国のサイレンはなっていない。
つまりこれは誰かが意図的に何かを攻撃した。
または事故が起きたということになる。
とは言えどもこんな深夜に、大ごとになるような爆発。
誰かが起こしたのならバカなのではないだろうかというほど手口が雑だ。
逆に事故だというのならばなにが原因なのだろうかと思うほど不思議な時間帯である。
深夜だからと息を潜めていた者たちが、事件のあった爆発をした場所へと向って、
その跫音と総立ちの声を、どっと、暴風のように集めて行った。
その流れに乗るように歩いていく。
ただひたすらにことが起きたところへと。
ただ興味本位で。
あと少しで問題の場所に出られるとなった時だ。
再び誰かによって展開された大規模の爆発が起こる。
一瞬のことだった。
たった一瞬でその場の人間の半数が吹き飛び息を失った。
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