第一章 この世界の本質

1,日常と非日常

”この世界はあまりにも平凡でこの日常はあまりにも当たり前だ。

それでもその平穏な日常というのは案外簡単に壊れてしまうものである。

それこそ、両方の手のひらで水を救っても簡単にこぼれ落ちてしまうように。”


いつものように電車に揺られ窓の外を見ればそんな風に呟く。

なんの代わり映えのない日常。

当たり前すぎるその日常はつまらなくてそれでもこれからも続いていくものだった。

どこで誰が死んだとか、どこで誰かが誰かと結婚しただとか、いつも通りのニュースばかりの携帯を閉じれば耳元を流れる音楽に耳をすます。

どこかで誰かが誰かを救うための歌を歌う。

「死にたいなんて言うな」とか「諦めるな」だとか。

そんな言葉は誰にでも言えてしまうことで、誰でも簡単に口にできる代物である。

結局のところ本当に心から誰かを救いたいなんて思って吐き出されてる言葉なんてこの世の歌や小説には一つも描かれていないのだろう。

誰しも平凡で普通の毎日を歩んできているからこそ”壊れていく恐怖”というものがわからないのだ。

苦しみを悲しみを絶望を辛さをわからないものには本当の恐怖がわからないものにはわかってあげることもその人を救う言葉も出てなど来ないのである。

「助ける」

なんて所詮は飾り文句でしかなくて本来はただのその人の偽善なのである。

電車がホームにつき人が流れ込んでくる。

恨み言。叱言。惚気話。謝罪。雑談。

人がたくさん集まればたくさんの”雑音”が増えていく。

流れ込む。意識せずとも自然と耳に入ってくる。

騒がしいその空間。

大勢がひしめき合うその空間で、雑音が鳴り響くその場所で。

自分の呼吸も、人も、何もかもが時間ごと停止したかのようなその空間。

息の詰まりそうな空間で誰に向けてでもない僕の独り言がたかが280文字の世界に溶けていく。フリックとともに画面に表示されていく。



「この世に生まれたってだけで、悪も正義も、命の重さ、明日への権利、

生きる権利、全てにおいて平等だと思うんだよね」



何を言い出すのか。

何が言いたいのか。

何の意図があるのか。

全くもって何もわからないのに、胡散臭いのに、引き込まれていく。

引き寄せられていく。

人は図星をつかれた時、核心を突かれた時、心の奥底で思っていたことを誰かが代弁した時、その人物に対して異様なまでの同調を示す。

意味のないハートが増えていくのを確認しながら再び右上の投稿ボタンを押し新しい文字のキャンパスを作り出す。

 


「明日は、未来は、生きることは、死ぬことは、全ての人に平等で、いつ死ぬのかなんていつ生まれるのかなんてわからなくて、だからこそその1日というのは尊くて、大切なもので、大事なもので、、、、、素敵なものなんだ」



再びハート、、いや、いいねが増えていくのを見れば携帯を閉じて単純なものだな、だなんて吐き出し駅のホームへと降りる。

今思えばこの瞬間僕の平穏で平凡で平常な当たり前の日常は終わりを告げていたのかもしれない。


ブーブーと危険を告げるけたたましいアラームの音が耳に飛び込む。

赤いランプが点滅するのが視界の隅に入る。

瞬間隣で誰かが本来、飛び込んだ。

途端、その誰かの体は真っ赤な鮮血で彩られる。

一瞬のことだった。

後ろを振り返れば先ほど飛び込んだ人物の無残な姿が目に入るだろう。

なのに体がそれを拒絶する。みてはいけないと。

見るべきではないと体がその行動に制限をかける。

振り返りその惨状を見る。

みたらもう後戻りができなくなってしまうということがわかっていたから。







「助けて」

その言葉は誰に届くこともなかった。







「助けて」

誰にも届くことないからこそ叫んでみた。








「助けて」

周りが気づいた時にはもう遅い。







『本日犠牲者は※※※※※さんです』





サイレンが響き渡る。

無機質な音声で淡々と告げられたそれは気味の悪いものだ。

周りは誰も慌てない。

少しそちらをみた後いつも通りの日常に戻る。

中には哀れむ者もいるが。すぐに戻っていく。

僕もまた、たった一言


「またか」


そう呟くだけだった。

人が一人死んだ。

目の前で電車にはねられて一つの命が散った。

それなのに誰も慌てない、誰も反応しない。

それがこの世の中だ。

それが僕の生きるこの世の中での



【当たり前】だ。

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