第4話「一抹の未練」
今日のお客さんは、20代くらいの若い女性だ。行き先と合言葉を告げたきり口をつぐんでしまい、一言も話さない。その重々しい雰囲気から話しかけるタイミングが掴めず、車内にはワイパーの音だけが規則的に鳴り響く。
「……何か、あったんですか?」
「……」
やはり返事はない。雨だから気が沈んでいる、というわけではなさそうだ。彼女が告げた目的地は来年の1月……未来というよりは過去に用事がありそうに見えるのだが……。
「私、自殺しようと思うんです」
何の前触れもなく、女性が口を開いた。
「自殺、ですか……」
「大学を出て社会人になったはいいものの、何もかもが思い通りにいかなくて……正直、疲れちゃったんです」
「なるほど……では、未来には何のご用事が?」
「……私の好きな映画のシリーズが、来年の1月に完結するんです」
「そういうことでしたか……」
つまり、彼女にとって唯一心残りなのがその映画の結末であり、それさえ観てしまえば何の未練もなく死ねる、ということだろう。普通の人であれば自殺なんてするんじゃないと止めるところなのだろうが、時空タクシーの運転手は利用者のプライベートに口出しするべきではない。ただ頼まれた時間に連れて行くだけだ。
彼女が指定した映画の公開日に飛ぶと、その日はよく晴れていて、ワイパーを止めてすぐに窓が乾いた。僕は彼女を映画館の前で下ろした。
「終わるまでお待ちしましょうか?」
「いえ……私はもう、あの日には帰りません。ここで死にます」
「そう、ですか……」
通常、時空タクシーの利用者は元の時間に帰る。だから料金制度は「過去・未来を問わず1日につき1万円、ただし帰りはサービス」という形態をとっている。とはいえ、これから死ぬという人間にとっては、多少異なる時代に連れて行かれたところで変わりはない。僕は彼女を気に掛けつつも、本人の意志を尊重して元の時代に戻った。
それからしばらく経って、1月。彼女が最期に何を思ったのかが気になった僕は、彼女が好きだと言った映画を1作目から観た後、その結末を見届けに向かった。……そこで、僕はある事実を知る。公開前から「シリーズ完結」を謳っていたのだが、映画のラストに、さらなる続編の存在が発表されたのだ。綺麗な終わり方をしていただけに、思わず映画館で声が漏れてしまった。
──彼女がそれを見てどう感じたのか、僕にはわからない。続編を観るために生き続けようと思ったかもしれないし、予定通り死を選んだのかもしれない。一つだけ確かなのは、彼女はその後、時空タクシーに乗ることはなかったということだ。
時空タクシー 妖狐ねる @kitsunelphin
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