第2話「未来の責任」
深夜0時。時空タクシーの運転手である僕は、表示灯に目印となる時計のマークを灯し、明日野大通りを走っていた。すると、スーツ姿の男性が手を挙げているのが目に入った。飲み会の帰りか、それとも“このタクシー”を待っていたのか……僕は車を歩道に寄せ、男性の前に停車してドアを開けた。──おや、この人の顔には見覚えがあるな。
「お客さん、どちらまで行かれますか?」
「……来月の12日だ」
どうやら、このお客さんは“時間”に用事があるらしい。
「深夜料金なので高くつきますが、よろしいですか?」
「構わん。金ならある」
「……」
合言葉を返さないので黙っていると、男はチッと舌打ちをして、続けた。
「時は金なり」
「かしこまりました。時空タクシー、発進いたします」
座席に座った男性は不機嫌そうに、小声で「言わなきゃならねえのかよ」と文句を垂れている。気持ちはわかるが、そういう決まりなのだ。
「お客さん、市長選に立候補されている方ですよね?」
「なんだ、知ってるのか」
「ええ、ポスターをよくお見かけしますので」
来月、隣町の
「来月の市長選の結果が知りたい」
「そのために未来へ?」
「そうだ」
「……お言葉ですが、望む結果は得られないと思いますよ」
「なんだと?」
「ああ、いえ。そういう意味ではないのです。ただ、未来に行く場合にはとある制約がありまして──」
「つべこべ言わずに連れて行け。このタクシーは時間を超えられるのだろう?」
「……わかりました。来月となると20万円以上かかりますが、本当によろしいのですね?」
「だから、金ならある」
「かしこまりました。少々お待ちを」
僕は人目につかない道路を見つけ、来月12日、開票後のタイミングに向けて時間移動を行った。
「もう着いたのか?」
「はい、既に開票は終了して結果が出ているはずです」
「よし」
選挙事務所の近くに着くと、北内氏は料金を支払い、車を降りて行った。……が、すぐに戻ってくることはわかりきっている。僕は近くの道端にタクシーを停め、カーナビで選挙速報を見ながら彼の帰りを待つことにした。
「これはどういうことだ!」
思った通り北内氏は戻ってきて、タクシーの窓をバンバンと叩きながら言った。
「ですから、未来に行く場合には制約があると申し上げました」
選挙の結果は、原氏の圧勝……いや、問題はそこではない。同時に報じられているのは、「対立候補の北内氏は先月から行方不明」ということであった。当たり前だ。先月、彼はこのタクシーに乗ってここに来たのだから。
「1ヶ月後の未来に行くということは、1ヶ月間いなくなるということです。当然、選挙の結果は『候補者不在』となり、票数に関係なくこうなります」
北内氏はわなわなと肩を震わせていたが、やがてこちらを睨んで口を開いた。
「……過去に行けば、未来が変えられるのだな?」
「そうですね、思い通りになるとは限りませんが」
「よし、先程の時間よりもさらに1ヶ月前まで連れて行け」
「本気ですか?帰り道ではないので別料金ですよ?」
「うるさい!金ならいくらでも積む!」
「……まあ、それなら別に構いませんがね」
時空タクシー株式会社の企業理念は、「すべての人に、より良い明日を」。あまりにも人道を外れた行為は止める必要があるが、利用者が望む限り、時間への干渉に口出しをするべきではない。元々“そういうビジネス”なのだ。
──北内氏は何度かの時間移動を経て、最終的に「原氏の出馬を妨害する」という形で当選を勝ち取った。明らかな不正ではあるのだが、タイムマシンの存在が明るみになっていない以上、それを見抜き、咎める力を持つ者はいない。僕も料金を受け取った以上、それをどうこうする権利はないのだ。
「これで市長の座は私のものだ……」
彼が車を降りる時、そう言いながら浮かべていた邪悪な笑みが脳裏をよぎる。
「……よし、ちょっと見に行ってみるか」
僕はタイムマシンを起動し、1年後の未来へ飛んでみた。客であれば360万以上かかる移動も、運転手の僕ならタダだ。燃料は自腹だが、それを補って余りあるだけのお金が入ったばかり。そしてスマホから“現在”の輪切市の市長について調べてみると……そこには、原氏の名前があった。では北内氏はどうなったのかというと、当選から半年ほどで賄賂が発覚して辞職に追い込まれたらしい。そして再び市長選が行われ、原氏が当選したという。「過去を改変する」という行為の善悪は誰にも判断できないが、少なくとも今回は本人にとって良くない結果に至ったらしい。
「さて、帰るか」
僕は晴れやかな気持ちで、元の時代へと戻った。
半年後、北内氏は賄賂の発覚を防ぐため過去に干渉しようとしたが、ことごとく失敗に終わり、最終的に心が折れて諦めたということは、わざわざ語るまでもない。「時は金なり」……このタクシーに乗る際の合言葉だ。時間でズルをして得をしようとする人間は、お金でもズルをする。結局のところ、そういう人はこのタクシーを使っても幸せにはなれず、“カモ”になってしまうのだ。
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