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…………。

言葉が上手く出てこない。


開いたままの本をただただ呆然と見つめる事しか出来ない。


……これが、誰も知らなかった四代目の神子の話……だと?

こんなのって……。


「……ママ? 大丈夫?」

「……うん。ごめん、ありがとう」

モフッとしたルーカがすり寄ってきたので、私はルーカの頭をモシャモシャと撫でた。


今、自分がどんな表情をすれば良いのかが分からない。


怒ったら良いのか……悲しんだら良いのか……ありとあらゆる感情が一気に心の中に入って来てせめぎ合っている状態だ……心の中がぐちゃぐちゃで辛い。


この後、神子はどうなってしまったのだろうか?


思わずギュッと唇を噛んだ時……


「……あの子はその後すぐに自殺したよ。呪詛の言葉を撒き散らしながら湖に飛び込んで……」

私の頭上から声が降って来た。


今までこの部屋にはいなかった第三者の声である。

優しい声……この声の正体は…………?


「……神様?」

「うん。君はきちんとこの子に辿り着いたてくれたんだね」

声のする方に瞳を向ければ…………神殿のステンドグラスで見た通りの男の人がいた。


全体的に白い神々しいオーラを放つその人の姿が。


ふわりと私の横に降り立った神は、私の持っている本に触れようと手を伸ばしかけて、寸前でその手を止めると、眉間にシワを寄せながらギュッと瞳を瞑った。


これが……神……ルーチェ様の……本体?


「この姿では初めまして……だね」

ポカンとしている私に向かって、キレイな顔の男性がぎこちない微笑みを浮かべた。


今まで神の本体に出会った事はない。

ミーシャ姫の伝言だったり、クラウディスの姿やルーカの姿を介しての接触であった。


「あなたがルーチェ……様?」

「うん。って、そうか……あの子の本には私の名前があったんだね。そう。私はルーチェだ」

「ルーチェ様…………」

私はそっと本をベットの上に置いてから、傍らに立つ神……ルーチェに縋る様に手を伸ばした。


「ん?……どうしたの?」

ルーチェは首を傾げながらも、私に自身を触られる事を嫌がらなかった。


温かい……。

私はルーチェの手首に爪を伸ばし……


「……へ?」

「さて。ルーチェ様は私に殴られる覚悟がおありですよね?……約束通りに殴らせろ!」

逃げられない様にグッと爪を立てながらニッコリと微笑んだ。


「ちょっ!……ちょっと待って!!どうして今の流れでそうなる?! 今ってそんな場合じゃなくない!?ここ……シリアスなシーンだよね!?」

「やかましい!」

ああ、そうだよ! 『シリアスなシーン』真っ只中だよ!


私はずっとコイツを殴りたかったのだ。

ルーチェのせいで私はこんな姿になったのだから。数発~数十回は殴らないと気がすまない!!


「空気読もうよ!しかも数十回って……まさかの、タコ殴り!?」

……勝手に人の思考を読むんじゃない。


「良いから黙って殴らせろ!」

私は万能の力を両手にみなぎらせた。



******


「クスン……まさか本当に殴るなんて……!」

ベットに腰を掛けたルーチェが、両手で顔を覆いながらメソメソと泣いている。


ふっふっふー!

私の心はそんなルーチェとは真逆にスッキリ晴れ晴れとしている。

念願叶ったり!!


私はニコニコと笑いながらルーカを撫でた。


ベットの真ん中で丸くなっているルーカは、ルーチェに殴り掛かった私を始めこそ止めようとしていたが、そうする必要もないと途中から判断したらしく、私の気が済むまでルーチェを殴り続ける間に、退屈で眠ってしまったらしい。


「……ん。……終わったのー?」

「うん。

「『取り敢えずは』って何!? もう良いよね?!充分だよね?!」

顔を上げたルーチェが恨みがましい顔を向けて来たが、無視だ。無視。


これでも手加減してやったし、今までの私の気持ちを思えばまだまだだ。


しかし、せっかくルーチェがここに来たのだから、そろそろ本題に戻ろう。



「……ルーチェ様」

姿勢を正し、真っ直ぐにルーチェを見ると……一瞬だけ瞳を見開いたルーチェがふっとその瞳を緩めた。


「『ルーチェ』で良いよ。唯、君は私を敬う必要なんかないからね。しかも心の中ではとっくに呼び捨てみたいだし……」

「じゃあ、ルーチェで!」

「良いって言ったけど……軽くない!?」

「はいはい」

「て、適当!!」

……ルーチェがいると、どうしてもシリアスさんが逃げる。

コレでは先に進めないではないかっ!!


私は大きな溜息を吐きながら心を落ち着かせた。



「ええと……どうしてルーチェは四代目神子……ユーリを助けられなかったのですか?」

神と神子は心が繋がっているんだよね?

だから神託が聞けるんだし。


「あの子は……」

口を開いたルーチェはそう言いかけて、首を大きく振った。


「ルーカ。頼むよ」

「はーい。ルーチェ様ー」

そうしてルーカに返答を託したルーチェは、泣きたいのを堪えている様な……とても悲しそうな顔をしていた。


「と、いうことでルーカがお話をするよー?良いー?」

「うん。よろしくね」

私はまたルーカを撫でた。


ルーチェは自分自身でユーリの話をする事が出来ないのだ。

それだけ彼女の遺した穢れは強い……。


「神子はルーチェ様との心の繋がりを切ってしまっていたんだよー」

「そんな事できるの?」

「うん。四代目神子は過去最大……今代の姫神子よりもとても強い力を秘めていたんだー。だから、癒やしの力を使えたし、死して尚、意志だけが残って一人歩きしている状態かなー」


『意志だけが残って一人歩き』……って、つまりは……


「私が探している『記憶に残らない女性』って……」

「うん。四代目神子の残留思念だよー。悪意だけの残りカスだねー」


……その可能性を考えていなかったわけではないが……顔が思い出せない位で、生身の普通の人だと思っていた。なのに……?


「四代目神子は、ルーチェ様よりも好きな相手を選んだのー。だから元々の繋がりは希薄だったのー……気付いた時には」

「……手遅れだった。何度か警告を試みたんだけど……完全に拒絶されてしまってね。あの時に無理矢理にでも神殿に引き寄せてしまえば良かった……」

ルーカの言葉を切り、ルーチェが後を継いで話し始めた。


「ルーチェ……」

「そんな心配そうな顔をしなくても、少しなら大丈夫だよ」

そう言いながらもルーチェは乾いた様な咳払いをした。

いつの間にか私は、心配そうな眼差しをルーチェに向けていたらしい。



「君にお願いがあるんだ」

フッと小さな笑みを漏したルーチェは、真剣な顔をして真っ直ぐに私の瞳を見つめた。

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