29

以前に見た昼間の神殿は、室内の壁中にあしらわれた色とりどりのステンドグラスに、日光が差し込んで、まるで万華鏡の様にキラキラと輝いていた。


今は薄暗い夜の為に、キラキラとした万華鏡の様な輝きはなく、暗く静まり返った神殿内は昼とはまた違った厳かな雰囲気を感じた。

その中でも目を引いたのは、私を召喚した神の姿を描いたステンドグラスだ。


まさか……。まさかね。

私は、そう思いながらも問い掛けた。


「……神様ですか?」

もしかして、あの状況を不憫に思った神が、あの場から連れ出してくれたり……?

私はギュッと両手を握り締めながら、クラウディスを見つめた。


……そういえば、あの神の名前を私は知らない。


「神!?神はどこですか!?」

カッと瞳を見開きながら、辺りをキョロキョロ見渡すクラウディス。


……やっぱり違ったか。

まるで神に助けられたかったみたいで……恥ずかし過ぎる。

こんな所を見られてたら私は間違いなく悶絶する。

よし。もし、見られてたら……思い切り殴って忘れさせる事にしよう。

私はそう思いながら今度は別の意味を込めて、両手を握り締めた。


それよりも……

「こんな所まで……一体どうしたのですか?」

私をあの場から連れ出してくれたのは、クラウディス本人だった。


クラウディスは周りをキョロキョロと見渡すのを止め、真面目な顔で私を見た。


「ミーガルド様が、悲しそうな顔をしている様に見えたのです。だから、私の一存で勝手に連れ出してしまいましたが……もしかして迷惑でしたか?」

「いえ、全然」

私は首を大きく横に振った。


「良かった……。私はあなたに嫌われたくないんです。……いえ、もう……充分に嫌われているのは分かっています」

ショボンと項垂れるクラウディス。


……自覚あったのね。

まあ、クラウディスは確かに自分で言っていたのだ。周りが見えなくなるタイプだと。

「……あの場から連れ出してくれたのが嬉しかったので、今までの嫌いポイントはチャラにします」

私も大概甘いというか……現金というか、懲りない性格なのは自覚している。


「……本当ですか!?」

瞳を見開き、今にも尻尾を振り出しそうなクラウディスを突き放せない。

……後で絶対に後悔するんだろうな。

私は内心で苦笑いを浮かべた。


「リセットされただけなので、今後のクラウディスさん次第で元に戻りますけどね?」

「それでも構いません!!心を入れ替えます!!」

「……楽しみにしています」

「はい!……あのー、一つお願いがあるのですが……」


お願い?……何だろう。

「何ですか?」

私はコテンと首を横に傾げた。


「シーカのように……私も『唯様』とお呼びしても構わないでしょうか?」 

「……良いですが、急にどうしたのですか?」

クラウディスにそんな事を言われるだなんて少しも思っていなかった。


「良いのですか!?二言はありませんか?!」

「に、二言はありません……多分」

ズイッと一気に距離を詰められた私は、詰められた距離の分だけ後ろに仰け反った。


「良かった。ずっとお名前でお呼びしたかったのです」

ふわっと自然な笑みを浮かべるクラウディス。


「クラウディスさん……?」

ふと、先ほどシーカが言っていた事が浮かびかけた。

シーカは何て言ってた……っけ?



「あーー!!やっぱりココにいやがった!!」

突如、この静寂な空間を切り裂きながら侵入してきたのは…………


「シーちゃん!?」

「『シーちゃん』じゃねえよ!!」

何を隠そう?シーカだった。……ってシーカしかいないか。


「どうしてここが分かったの?」

「クラウディスがお前を連れて来るならココしかないからな」

「そうなの?」

「ああ。アイツは単純明快だ」

大きく頷くシーカは急いで追い掛けてきたのか、まだ少し息が荒かった。


「……どうして追い掛けて来たの?あー……お金か!」

「ちげえよ!まあ、お前のは奢るつもりだったけど。……クラウディスは別な」

「シーちゃん酷い!」

「酷くねえよ!クラウディス、お前もシーちゃんって言うな!この酔っ払いが!」

シーカは私とクラウディスをジトッと睨み付けた後に、大きな溜息を吐いた。


「あのお姉さんは良いの?」

「ん?ああ……別に。あんなのは単なる社交辞令だろ?普通だって」

「いやー……シーカはデレデレしてたよね?クラウディスさん」

「はい。嬉しそうでしたよねー?唯様」

私とクラウディスはそう言ってにお互いに見ながらニッと笑った。


「……何だ?お前ら。一体何が……?」

訝しそうにシーカがこちらを見ているが、無視だ。

はっはっはー。教えるつもりはない!!


「でも、本当にどうして来たの?私達の事は気にしなくても良かったのに」

「まあな……最初はまんざらでもなかったけどな」

「じゃあ、どうして?」

「……気付いたんだ」

「気付いた?」

シーカは苦笑いというか……微妙な顔で笑っている。


「ああ。あの居酒屋の空間はクラウディスの『誘惑モード』で、俺とお前以外の全員がもれなく引っ掛かっていた。なのにあの女はそれがなかった」

「……シーカは、あの人だけクラウディスさんに誘惑されなかったのがおかしいと気付いた、と?でも、そんなのは好みの問題とかもあるじゃない?クラウディスさんの顔が嫌いとかさ」

一瞬、クラウディスが酷く傷付いた様な顔をしたが……これはあくまでも例え話なのでフォローはしない。……しないよ?

別に私が嫌いだって言ってないからね?!そんな顔されても困るよ?!


……クラウディスは取り敢えず放っておこう。先に進まなくなる。


「いや。今までの経験上それはない。俺は慣れてるし、唯は聖獣だから除外に出来るが……一般人にはそれはまず無理だ」

「つまり……」

「あの女は

シーカはそう断言した。


私にはピンと来ないのだが……クラウディスと付き合いの長い幼馴染みのシーカが言うのだから、きっとそうなのだろう。


私はそう納得しようとして……気付いた。


シーカの胸元に黒いもやの様な物が見える事に……。

しかもそれは、ミーシャ姫やリーリアさん達の時に感じたアレと全く同じ気配だったのだ。


……あれ!?

どうして?!あの女性の顔を思い出そうとすると……頭の中に白い霧が掛かった様になって思い出せない!!


背筋にゾクッとした寒気が走った。


そうか……あの人がダニエルさんが言っていた女性なのか。

私は自分の身体を無意識に抱き締めた。


偶然か……意図的なものか……。

あの場から立ち去ってしまった自分が恨めしい。


「……唯?」

「唯様?」

心配そうな眼差しを向けて来るシーカとクラウディスを安心させる様に、私はぎこちなくだが笑ってみせた。


「何でもない。今頃になって酔いが回ってきたみたい」

……苦しい言い訳だが、今はまだ確証を持って話せる事ではない。


「眠くなってきたから、解散しよう?」

突然そんな事を言い出した私に、二人は何か言いたげだったが……


「ああ。そうだな」

「はい。そうしましょうか。シーカ、唯様をしっかり送って下さいよ?」

私の発言をそのまま素直に受け入れてくれた。


早く部屋に帰って状況を整理しなくては……。


私はそう心に決めながら、二人と自分にしっかり『浄化』をかけた。

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