30

シーカに部屋まで送ってもらった私は、ルーカの眠るベットに静かに転がった。

ルーカはスヤスヤと寝息を立てていて、起きる気配は少しもない。


……私はルーカと答え合わせをしたかったのだが、それは今は叶わない様だ。

代わりに神に話し掛けてみる?

……あ、クラウディスに神の名前を聞くの忘れてた。

まあ、その内に本人に尋ねる機会はあるだろう。


ベットの上の転がっている私は、高い天井に向かって手を伸ばした。


浄化はしたけど……まだあの黒いモヤがまとわりついている感覚がする。

じわりじわりと中に侵入されている様な不快さに、私は伸ばしていた手をギュッと握り締めた。


あの女性は……一体何者なのだろうか?

微かに思い出せるのは、ニッと横に歪んだ赤い唇だ。


……恐らくあの女性は『四代目の神子』と何らかの関わりがあると、私の中の勘が告げている。

まさか本人じゃないよね?ハッキリとは覚えてはいないが、若かった気がする。


彼女の狙いはなんだろうか?

まさか……ミーシャ姫?

私がミーシャ姫の黒い鎖を断ち切ったから……?

いや、でもまだミーシャ姫の前には姿を現していない……よね?

誰からもそんな話は聞いていない。

…………誰も気付いていないだけだったら?


あの赤い唇を想像しただけで、私の全身からサーッと血の気が引いた。


……駄目だ。気になる。

私はベッドから飛び起き、そのまま急いでミーシャ姫の部屋に向かった。



****


「ミーガルド様。どうなさったのですか?姫様はもうお休みになっておられますよ」

ミーシャ姫の部屋の前で侍女さんに声を掛けられた。


「そうですよね……」

シーカ達と飲んでたから意識していなかったが、もう夜更けなのだ。

12歳のミーシャ姫はとっくに眠っている時間だった。

……何も考えずにここまで勢いで来てしまった。


せめて一目だけでも顔が見たかったのだが……


「それは……私には判断しかねます。また明日おいでいただけませんか?」

申し訳なさそうに眉を下げる侍女さん。


そうだよね……。だってこんな時間だもんね。

「分かりました。ご迷惑をおかけいたしました」

私はあっさりと引いて、頭を下げた。


仕方無い。出直そう……。

私は元来た通路を引き返す事にした。



「唯?こんな夜更けにどうした?」

とぼとぼと通路を歩いていると、背後から声を掛けられた。


「……ジル!ジルこそどうしたの?」

「私は父と話していたらこんな時間になってしまったんだ。唯はクラウディス神官長達と飲みに行ってたんだよな?」

「うん。さっき帰って来たんだけど、気になる事があって……」

「気になる事?」

「ええと……急にミーシャ姫の顔が見たいなーってなったの」

……苦しいが、嘘は言っていない。

下手な事を話してジルを心配させたくはない。


「……ミーシャの?まあ、この時間は眠っているから話せないだろうけど、顔は見れたんだろう?」

「んーん。ミーシャ姫は眠っているから明日に……って侍女さんに断られたから」

「断られた?しかも……この時間にミーシャの侍女が部屋の前に……いた?」

「そうだよ?」 

訝し気に眉間にシワを寄せるジル。


「何かおかしいの?」

私は首を傾げた。

ミーシャ姫は王女様なのだから、夜更けに侍女さんがいてもおかしくないと思うのだけど……。


「ミーシャ付きの今の侍女達は、子持ちの者が多いから夜は下がるのが早いんだ。代わりに古くから仕えてくれている専属侍女が一人、ミーシャの側にいてくれる」

「……え?」

「その侍女はどんな顔をしていた?」


顔……?

ジルにそう言われた私はドキッとした。


だって…………覚えてない!!

心臓が一際大きく跳ねた気がした。


「唯!?」

ジルが驚いた様な声を上げたが、私は構わずに急いで飛び出した。


二回目なのになんで気付かなかったの!?

私は何の為の聖獣か……!


冷や汗が全身を伝う。


ミーシャ姫、お願いだからどうか……無事でいて!!


必死で背中の羽を羽ばたかせ、ミーシャ姫の部屋に辿り着くと、少しだけ遅れてジルも到着した。

「こんなに急いでどうしたんだ!?」

ジルの息が少しだけ乱れている。


「話はちょっと待って!ミーシャ姫が先!!」

私は、ミーシャ姫の部屋の扉に手を掛けて、そのまま開いた。

部屋を開けると、すぐにポカンと驚いた様な顔をしている侍女さんと目が合った。


「……え?どうなされたのですか?」

顔だけ出るローブを身に付けた侍女さんは、私とジルを交互に見ながら尋ねてきた。

この侍女さんの事はちゃんと覚えている。私が初めてミーシャ姫の部屋に来た時にいた人だ。確か……名前は……『ユーリア』さんだ!

それだけでも少し安心したが、無事を確認出来なければ……。


「ミーシャ姫は?」

「ミーシャ様は眠っていらっしゃいますよ?」

「少しでも顔を見たいのですが……」

「……分かりました。何か訳ありの様ですね」

ユーリアさんはあっさりと頷いて、私を奥の部屋に通してくれた。


そこには、血色の良い顔でスヤスヤと眠るミーシャ姫の姿があった。


…………良かった。

私は心の底から安堵した。


念の為に、ミーシャ姫の身体を見てみたが、黒いモヤがまとわりついてる気配はなかった。

私は更に安堵の溜息を吐いた。

あまり側にいるとミーシャ姫が起きてしまうかもしれないので、私は早々にミーシャ姫の寝室を後にした。


そして、ミーシャ姫の寝室から出て来た私を待ち受けていたジルが、有無を言わせずに私をソファーに座らせた。


「事情を話してもらうぞ」

少し怖い顔をしているジル。


……こうなったら話さないわけにはいかないよね。



私は、ジルとユーリアさんにこの場で事情を話す事に決めた。

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