27

三代目までは寿命が長かったのに、五代目以降は半分以下……。

神子達が絶望した理由は、彼女達や周りの人々が残してくれた物から読み解く事が出来た。


この世界は、神官も神子も恋愛も結婚も自由だ。

何故なら、神達が推奨しているから。


……逆に、この事が悲劇を起こした原因にもなってしまっている。

大半の神子が、愛する子供や伴侶を残して死ななければならない事に対しての悲しみを綴っている。中には子を宿したまま…………。

私が想像していた事よりも遙かに生々しい現実……。

考えてみればそうだろう。異世界とはいえ、ここは現実世界。物語の中ではない。


……どうしてこんな事になったのか。

四代目神子は、どうしてここまでの業を後生に残したのか。

考えれば考えるほど、深みにはまっていく様な感覚になる。


……駄目だ。少し気分を変えよう。

私は座っていた椅子から飛び降りると、沢山の資料や本の並ぶ棚の方へ、パタパタと羽ばたかせた。


「ミーガルド様。そちらには何も無いですよ?」

本棚の前に辿り着くと、クラウディスが別の本棚の陰からひょっこりと顔を出した。


「そうなのですか?……って、まさかこの資料室の本の場所を全部把握なんて……」

「ええ。してますよ」

そう平然と言い、微笑むクラウディス。


……マジデスカ。


「でも……全部を把握するなんて必要ありますか?」

「ありますよ。この国は信仰がしっかりしているので、どんな文献や本にも神達が出て来てきます。神官として、こんなに喜ばしい事はありません。私は敬意を持って全て把握をしています」


……ちょっと何を言ってるのか分からない。


「たまにこうして見に来ないと、資料の場所が変わってしまうのですよ。私はそれを直しているのです」


……それってもう神官の仕事じゃないよね?


「左様ですか……」

正直、次元が違いすぎて言葉が出てこない。

気分転換をしようとしたのに、どっぷりと底なし沼にはまってしまった感が否めない。

変態クラウディス……怖い。


「ミーガルド様。気分転換をされたいのであれば、こちらはいかがですか?」

そう言って私の側に来たクラウディスが本棚から取り出したのは……

【隠れた名店特集】という表紙の薄い本だった。


「え……?」

私は瞳を見開いたまま固まった。


『気分転換したい』なんて口に出していないのに、クラウディスは的確にそう言った。今まで読んでた本の内容や状況を考えれば分かるのかもしれないが……


「お酒。お好きですよね?」

「好きですけど……」

「では、是非これを読んでみて下さい。気に入った所がありましたら、後で一緒に行きましょう」

「ええと……」


それに、どうして私がお酒好きな事を知っている?

シーカに聞いた?……そうだよね。……それしかないよね?

決して、ストーカー的な…………


「ミーガルド様の事は知っていますよ。ええ、

ニッコリと微笑むクラウディス。


ストーカー発言キターーー!!

『全て』を強調しながら、二回言った!?私には全然大事なことじゃないぞ!?

うわぁー……背筋がゾワゾワするー!!


この変た……クラウディスの存在を頭の中から追い出す為には、大好きな事に集中しなければいけない!!でないと私の身が保たない!!


そうして渡された【隠れた名店特集】をめくった私は…………。



***


「いえーーい!!乾杯ー!」

見事に、クラウディスに釣られてしまった。


……私のお馬鹿。


但し!二人きりではない!!絶対にそれは有り得ない!!


「ノリノリだな」

私の横で苦笑いを浮かべてるのはシーカだ。

当のクラウディスは私とシーカの正面に座って、シュンと肩を落としている。


「私が誘ったのに……どうしてシーカの隣に……」

あーあーあー。

聞こえない。何も聞ーこーえーなーい!!


「くーー!美味しい!!早くシーカも飲みなよ」

私は小さめなグラスを両手で持って、一気に呷った。


私がどうしても飲みたくなってしまったのが、この蜂蜜酒だ。

ただの蜂蜜酒と思うなかれ!!

トロリとした濃厚な甘さがあとを引く従来の蜂蜜酒とは違い、レモンの酸味と心地好い炭酸のシュワシュワ感がプラスされたスッキリとした蜂蜜レモンサワーなのだ!

そして何よりも……蜂蜜とレモンの含むビタミンで疲労回復の効果アップ!!

疲労回復が出来て、美味しくて、沢山飲んでも二日酔いしにくいなんて一石二鳥ならぬ、一石三鳥だ!!


……疲れている私の身体の隅々にまで、蜂蜜レモンサワーが行き渡る……。


ああ……美味しい。

「お姉さん!もう一杯!!」

私は空のグラスを掲げた。


「ペース速いぞ。飲みやすくてもアルコール高いんだから、何か食いながら飲むか、水も一緒に飲めよ」

シーカがジトッとした眼差しを向けてくる。


「シーちゃん、お母さんみたい」

「シーちゃんっていうな!誰が母親だ!」

「おー!ダブル突っ込み!」

ケラケラと笑うと、シーカにデコピンをされてしまった。


「痛いなあ……もう」

「うるさい。酔っぱらい」

おでこをさする私を横目に、シーカは自分の蜂蜜レモンサワーのグラスを傾けた。


「……うまいな。これ!」

「でしょう?!流石は隠れた名店だよね!」

「ありがとうございます」

タイミング良く、お姉さんがお代わりの蜂蜜レモンサワーを持って来てくれた。


「わーい!」

手放しで喜んだ私は、そのまま正面のクラウディスを見た。


「……クラウディスさんは飲まないのですか?」

クラウディスのグラスは手付かずのままだ。


……なんて勿体の無い。


「飲まないなら私が……」

「いえ、いただきます!」

私の手を遮ったクラウディスは、そのまま一気にグラスを持ち…………


「クラウディス?!」

慌て出したシーカが止めるのも聞かずに、蜂蜜レモンサワーを一気に飲み干した。


日焼け等の一切ないクラウディスの白い顔が、一瞬でリンゴの様に真っ赤に染まった。

トロンと潤む瞳……これは……。


「……クラウディスさんってお酒弱いの?」

私の言葉に同意する様に、シーカが大きく頷いた。


「……ああ。しかも、なかなかたちが悪くてな」

「質が悪い?……怒るとか、泣くとか?」

「その方がまだ良いかもしれないな。……弱いくせに一気に呷りやがって」

深い溜め息を吐くシーカ。


私はシーカから視線を逸らして、恐る恐るクラウディスを見た。


そこには予想外の展開が待ち受けていた。


……はい?!


私はあんぐりと口を開け、瞳を見開いたまま固まった。

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