26

ルーカは今日も目覚めない。

ベッドの上ですやすやと寝息を立てるルーカを一撫でした私は、『行ってきます』と、小さくそう呟いてから部屋を出た。


本日の目的地は、図書室の中にある【資料室】である。

入る許可を貰ったのに、何だかんだで調べられていないので、取り敢えず中を眺めてみる事にしたのだ。


図書室に行く前に、リーリアさんの様子を見に行ったのだが……。

リーリアさんは、もうすっかり元気そうで安心した。お腹の中の双子も元気いっぱいだったよ!


良かった、良かった。

私は気分も軽く、スキップしながら図書室に向かった。



……なのに。

「ミーガルド様!!」

何故にお前がここにいる……クラウディス。


白いローブを見に纏ったクラウディスは、薄い茶色の長い髪を一つに束ねた、スラッと細身の優し気な面影のある美青年だ。

……見た目は。


この国の五大神官の内の一人で、敬虔な変態である。三度のご飯よりも神達を愛する変態だ。そう、変態なのだ。

……忘れて欲しくないから、三回言ってみた。


資料室の鍵を開けようとしていたところで、声を掛けられたのだ。


よりによって一人の時にクラウディスに出会うとは……。

彼からそっと視線を反らした私は、そのまま宙を仰いだ。


どうしようかな……逃げちゃう?

キラキ……ギラギラと視線が私をしっかり捉えているから、逃げるのはちょーっと無理かなぁー…………はあ……。マジか。


「ミーガルド様!お会いしたかったです!」

……うん。私は二度と会いたくなかったかなぁ……。


クラウディスから微妙に視線を逸らし続けているというのに、本人は全く気付く様子がない。……鈍感!?鈍感なの!?

私の手をしっかりと握り締めながら、恍惚とした眼差しを浮かべている。

うーん……このまま透明になって消えてしまいたい。

私は、深い深い溜息を吐いた。


「……そう言えば、お邪魔してしまいましたが、ミーガルド様は資料室に用事があったのですよね?」

……おっ!やっと気付いてくれた!?


私は大きく頷いた。

「はい。色々と調べたい事がありまして」

「そうでしたか。でしたら私はお役に立ちますよ」


……おい!クラウディス!?

私は『一人で』って強調したよね!?

なのに何で一緒に資料室に入って来ようとするの!?


「……クラウディスさん?」

「まあまあまあ」


何が『まあまあまあ』なの!?

私には意味が分からないんだけど!?


私を資料室に押しやり……後ろ手にドアの鍵を掛けるクラウディス。


ちょっ……!!!?

「ふふっ。……二人きりですね。これで誰にも邪魔されません」

何コレ……!?私の貞操の危機!?!?



……なんて事はなかった。

「ミーガルド様。そちらに棚にある神子の文献には、大事な内容は含まれていませんでしたよ」

胸元から取り出した眼鏡を装着し、お仕事モードに変身したクラウディスは……とても真面目な青年だった。


ホッとした様な……拍子抜けした様な……不思議な気分だ。

ガッカリなんてしてないよ!? 神に誓って!!

……って、あの神に誓うのは嫌だなぁ……腹立つし。


おっと……、せっかくクラウディスが真面目モードになっているのだから、今の内に調べられる事は調べておかないと……。


「私は全部の文献に目を通しましたが……ミーガルド様でしたら、新たな発見があるかもしれません」

クラウディスは、資料室の中にある簡易的なテーブルの上に、何冊かの本を重ねて置いた。この本が、クラウディス的にオススメな文献らしい。


「ありがとう。見てみるね」

私はよいしょっと椅子に飛び乗り、素直に本を捲り始めた。


ふむふむ……。まずは…………。

【一代目神子の時短節約レシピ】? ねえ……これ必要?

私は肩に頭が付きそうな位に、思い切り首を横に捻った。


それでもクラウディスが選んだ理由がきっとあるのだろうと、パラパラと読み進めて行く…………。



………………ふう。 なかなかに面白かった。

キノコ類は買って来た後、食べやすい大きさに切って冷凍すると良いんだね!!

冷凍する事によって栄養価が増して、時短+栄養満点な食材に進化するのかー。

うんうん。為になったなぁ……。料理長さんにも教えてあげよう!


さてさて次は……【二代目神子の生活の知恵袋】?

へえ……。ふむふむ……なるほど。

キャベツの一番外側の捨ててしまう部分は、葉をよく洗って、水分を切ってから、頭の上に被ると解熱作用がある……?

何だって!?いつも捨てちゃってたけど、そんな効果があるなんて!

くー……! 勿体ない事してきたなー!!


おっ!次は【三代目神子の恋愛指南塾】!?

……こんなのって参考にならなかったりするんだよねえ。だって、神子モテるし?

『恋愛とは。愛するか愛されるか。ただそれだけだ』

……それだけ!? ええ!?

『男性に女性の機微は分からない。言わなくても分かってよ!は、通じません』

あー……これは分かるぞ。こちらが分かり易いリアクションを取っても全く通じてないんだよね……。して欲しい事はちゃんと伝えないとね。

『指輪と洋服のサイズに詳しい男には注意』

これも分かる。気の多い男性に多いタイプだって聞いた事がある!!

……どこの世界も同じなんだねえ……。

私はしみじみとそう思った。



…………って、何だこれは!!

本の中に暗号でも含まれているのかと思いきや……ただの本じゃないか!!


「クラウディスさん……この本を読む必要ってあります?」

私はジト目でクラウディスを見た。


「……ああ、気付きませんでしたか。では、次はどう思いますか?」

……次?

私はクラウディスの視線を辿り、次の本へと視線を向けた。


ええと……。四代目はなくて……。【五代目神子の悲劇】?

……?

……次は、【六代目神子の失意】【七代目神子の自殺】


……なんだこれは。

私は本のタイトル眺めただけなのに、冷や汗が止まらなくなった。

明らかに四代目以降の神子は……不幸になっている。


「分かりましたか?三代目までの神子は、のびのびと……そして、生き生きと神子の職務を全うしていたのです。それが空白の四代目以降の話は、とても辛く、悲しいものばかりになっています」


悲しそうに眉を下げるクラウディスの言葉に、私は唾をゴクリと飲み込んだ…………。

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