24
「それで……。どうしてあんな事になったのですか?」
「それが……私にも分からないんですよ」
医務室を出た所の端で、私とジル、ダニエルさんの三人で先程の話しの続きを始めたのだが……。
「……分からない?」
ダニエルさんの言葉に、私は首を傾げた。
「はい。妻は……リーリアは、仕事から帰って来た私を官舎でいつもの様に出迎えてくれたのですが……今日は、私の顔を見た途端に急に苦しそうにしだして……」
……ダニエルさんの顔を見た途端に?
「……因みに、ダニエルさんには心当たりがありますか?」
「いえ……。全く……」
辛そうな顔で首を横に振るダニエルさん。
私はそんな彼をジッと見た。
先程までのドタバタで気付かなかったが……ダニエルさんからうっすらと黒い穢れを感じたのだ。
もしかしたら……リーリアさんのお腹の中の双子達は、この穢れに敏感に反応したのかもしれない。
【黒いアイツ】。
……ダニエルさんは、どこで穢れに触ったのだろうか?
とにかく……早く浄化しておくに限る。
「ダニエルさん。質問を変えます。今日は変わった事や……変わった人に出会ったりとかしていませんか?」
「……唯。それは……」
ミーシャ姫にするのと同じ様に浄化の力を使うと、それを見ていたジルがいち早く反応した。
「うん。浄化したよ」
私が大きく頷きながら同意をすると、
「『浄化』……ですか?」
ダニエルさんが瞳を大きく見開いた。
「お腹の中の双子達は、ダニエルさんの運んで来た黒い穢れに怯えてたんです。驚いて、逃げなきゃいけないと思ったから、リーリアさんを苦しめてしまったと……謝っていました」
「……そんな……!」
「唯。それは本当なのか?」
「うん。双子達と話したから本当だよ。……と言う事で、何か心当たりありませんか?」
私は再度、ダニエルさんに尋ねた。
「どんな些細な変化でも構いませんが……」
全てはダニエルさんの記憶にかかっている。
「少し……時間を下さい」
そう言って口元に手を当てながら、考え込む様に一点を見つめるダニエルさん。
私とジルは目配せをし、邪魔しない様に黙って見守る事にした。
それでも、何か私にも出来る事はないかとジッとダニエルさんを見つめていると……。
あれ?
私はふと違和感を感じた。
その違和感の正体は何だろうと見つめ続けていると…………
「……ダニエルさん。モノクル変えました?」
それがダニエルさんの使用しているモノクルである事に気付いた。
以前、会った時には確か……銀縁のモノクルだったが、今日は金縁のモノクルを付けていたのだ。
気分で変えているとか、ファッションだと言われればそれまでだが……気になってしまったのだ。
「モノクル……?ああ……。今日は、いつものを壊してしまって、これはスペアなのですよ」
「あ、そうだったんですかー」
私は納得したとばかりに頷いた。
壊してしまったなら、仕方がないよね。
うん、うん。と、頷いていると……
「そう言えば……」
ダニエルさんが眉間にシワを寄せた。
「人にぶつかって落としてしまったから壊れたのですが、その相手が……不思議な女性だったのですよ」
「不思議……な女性、ですか?」
「はい。下働きの様な格好の女性だったのですが、ぶつかった時は酷く狼狽をしていて、心から申し訳なさそうに謝ってくれたのですが、別れ際にふと気になって振り替えると……こちらを見て微笑んでいたのです」
……微笑んでいた?
その話を聞いた私の背筋に、ゾクリと寒いものが走り抜けた。
「更に不思議な事に……私はその女性の顔をハッキリと覚えていないのです。仕事柄、人の顔は覚えるのが得意な方なのですが……」
……それだ。
私の直感がそう告げている。
その女性がダニエルさんに穢れを付けた人物だ。
しかし、その女性は一体何者なんだろう……。
得体の知れない気味悪さが私の胸の中を占める。
「でも……何故、リーリアのお腹の子供に影響が?」
ダニエルさんは、ぎりっと唇を噛み締めた。
「唯。生まれてもいない赤ん坊に影響する様な事が起こるのか?」
ジルも眉間にシワを寄せながら首を傾げている。
確かに、普通はそう思うだろう。
ダニエルさんやジルが納得いかないのも分かる。
「……私の生まれた国では、生まれる前の赤ん坊は神にも等しい存在と言われていました。純粋で無垢な故に色々な影響を受けてしまうのだと。もしかしたら、リーリアさんのお腹の中の双子達もそうだったのかもしれません」
私がそう告げると、ダニエルさんとジルがハッと瞳を見開いた。
「そんな事が……?」
「あくまでも私の生まれた国ではですけどね。でも、そう考えれば辻褄は合うかと」
「じゃあ、ダニエルが会った女性が……?」
「……恐らくは。まだ憶測でしかありませんが……」
「どうして……そんな……」
ミーシャ姫の穢れとは違う、初めて感じた明確な悪意。
果たしてこれは、宰相であるダニエルさん個人に向けられたものなのか……。
それともまた別の目的の為なのか……。
私達三人は、リーリアさんが無事に目覚めるその時まで、そのまま黙り込んでいた……。
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