22
料理長の新作パフェを堪能した私は、お土産にフルーツと生クリームがたっぷりと挟んであるパンケーキを二つ貰って自分の部屋に帰って来た。
ジルにカーバンクルの『ルーカ』の話をしたかったのだが、急な用事が入ってしまったらしく、従者さんに連れて行かれてしまった。
残念だが……それがジルのお仕事だ。私は陰ながら応援しておこう。頑張れ!
さて、流石にそろそろルーカも起きているだろう。
部屋のドアを開けると、ベットの上でモゾモゾと動いている姿が見えた。
良かった……。
ホッと一安心である。あのまま起きなかったらどうしようかと思った。
「起きたー?」
私はテーブルの上にパンケーキを置いてから、ルーカに近付いた。
ベットの上、キョトンとした真ん丸な瞳がこちらをジーッと見つめている。
黒い瞳かと思いきやルーカの瞳は深い藍色だった。
見ていると心が洗われていく様な……不思議な気分になる。
これが、神の造った幻獣か……。
「お腹空いてない?」
私はルーカを怖がらせない様にニッコリと笑顔を作る。
目も柔らかく細め、語尾も柔らかくする。
私の接客の必殺技である。これで初対面の人にも警戒心を与えずに済む。
ルーカとは大きさはほとんど変わらないから、無理に視線を合わせなくても大丈夫。
私は今までの経験を駆使し、子供に話し掛ける様に接した。
「……マ」
「ん?どうしたの?」
「……ママ?」
……『ママ』?
私は笑顔を顔に貼り付かせながら固まった。
……あれ?ママって何だっけ?
頭の中はパニックである。
ママ……ママ……ママ!お母さんか!
「えーと、どうして私が『ママ』なの?」
「……?ルーカに名前をくれたから」
「私……名前……あなたに言ったかな?」
「んーん。でもね、神様が教えてくれたの。僕の名前は『ルーカ』だよって」
……神?
私、神にも教えてないはずなんだけど……まさか。
勝手に心の中を読んだな!?
……って聖獣相手にそんな事が出来るわけ!?
まあ、でもあの神だしな……。
って、おい!こら!何してくれちゃってんの!!
上を睨み付けながら、心の中で神への暴言を吐いていると……
「ママ……じゃないの?」
私を見つめる丸い瞳が徐々に潤んで行くのが見えた。
あー、泣いちゃう!!
「私が『ママ』です!!」
私はルーカをギュッと抱き締めた。
「ママ……?」
「うん。ママだよ!」
「ふふっ」
……な・ん・だ!!この可愛い生き物は!!
私を萌え死にさせたいのか!!
「……パ」
「パ?」
「……パンケーキ食べる?」
「食べるー!!」
そっと差し出したお皿にかぶり付く様にして、パンケーキを食べ始めたルーカ。
口の周りは生クリームがたくさん付いている。
……可愛すぎて辛い。
ルーカは小さい身体の割によく食べる様で、一つ食べ終わった後に物足りなそうな顔をしていたので、もう一つのパンケーキを差し出したら、それも嬉しそうにペロッと完食してくれた。
うんうん。沢山食べて大きく育ってね。
お腹いっぱいになったルーカが大きく背伸び?をした後にベットに丸まった。
「それにしても……いっぱい眠ってたね?起きないから心配しちゃったよ」
「ええとー。神様の話が長くてつまらないから疲れちゃったの」
小さくあくびをするルーカは、目を擦っている。どうやらまた眠くなったらしい。
プッ。ルーカにも散々言われる神。相変わらず残念な神だ。
「眠くなっちゃった?」
「……うん。ルーカは生まれたばかりだから沢山眠って大きくなるの」
「そっかー。じゃあ、いっぱい寝ないとね」
私は子供をあやす様に、ルーカの背中をポンポンと優しく叩いた。
ルーカはまた暫く眠るらしい。
『食べ物を食べなくても死んだりしないし、眠ったままでも神と交信は出来るから心配しないでね』と言っていた。
……気遣いの出来る良い子や……。
「起きたら、私の調べている事に協力してくれる?」
「うん……。わかったぁ……ふわぁあ……」
大きなあくびをしたルーカはもう限界みたいだ。
「おやすみ。またね」
「おやすみ……なさい……」
優しく頭を撫でると、ルーカはゆっくりと瞳を閉じた。
途端にスヤスヤと寝息を立て始めるルーカ。そんなルーカを見ていたら私も眠くなってきた。
まだジルに話してないけど……良いか……。私も寝ちゃおう……。
私はベットの下の方に丸まっていた薄い肌掛けの様な物をたぐり寄せると、ルーカにピッタリくっ付く様に寝転んで静かに瞳を閉じた……。
***
「…………!!…………唯!!」
突然、揺さぶられながら大きな声で名前を呼ばれた私は、眉間シワを寄せながらゆっくりと瞳を開けた。
「唯!大変なんだ!!……うわっ!?何だこの生き物は!!」
薄暗い部屋の中。目の前には酷く焦った様な顔をしたジルの顔がある。
……何?どういう状況?
状況が分からない私は、ぼんやりとした頭で目の前のジルを睨み付ける様に見た。
「唯!この生き物は……!?」
生き物?
……生き物って……それは…………!ルーカ!!
「ジル!シー!!大きい声は駄目!ルーカが起きちゃうから!!」
急に頭の中が覚醒した私は飛び起きて、ジルの口元を自らの手で覆った。
ジルは驚いて瞳を丸くしたが、黙ってコクコクと大きく頷いた。了承のサインだ。
それを見た私がジルの口元から手を退けると、ジルは私の耳元に顔を寄せて口を開いた。
「唯……聞きたい事は色々あるが、今はとにかく早く私と一緒に来てくれ」
「……どうしたの?」
「ダニエルの妻のリーリアが産気づいてしまったんだ」
「え?!」
リーリアさんの出産がそろそろだといっても……まだ少し早い。
双子の出産は早くなる傾向があるとはいえ、一日でも長く母体に留まっていて欲しい。ましてやここは先進医療の発展した日本ではないのだから。
「分かった!リーリアさんはどこ!?」
「医務局だ!あまり動かせなかったから近くに運んだ!!」
騒がしくてごめんね。でも、緊急事態だから許して。ママは行ってくるよ!
私はルーカを一撫でしてから、ジルに抱えられながら部屋を出た。
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