11

 うぅ……。

 またやってしまった。



『朝チュン!

 目覚めたら半裸の王子が横で寝ていた!

 聖獣、一夜の過ちと繰り返される逢瀬』


 そんな文言の週刊誌が発売されたら多分生きていけない。


 目覚めた時の私の反応が面白くて、ジルは悪戯をしているのだろうけど……。

 毎回、ドギマギさせられる私の気持ちも考えて欲しい……。


 え?だったら酔い潰れるな?

 だーって!美味しいお酒と肴があったら飲まずにはいられないでしょ?!


 ジルに迷惑を掛けてるのは、申し訳ないけど……せめてもう少しだけ穏便に(私の精神的に)済ませて欲しいものだ。



 ぐぅぅぅぅ……。


 早朝に逃げる様にしてジルの部屋から飛び出してきたから、段々とお腹が空いてきた。


 このまま神殿に向かおうと思っていたけど、腹が減っては何とやら……。


 厨房でパンでも貰おうかと方向転換すると、誰かにぶつかりそうになった。


「きゃぁ!」

「ご、ごめんなさい!」


 あれ?

 ぶつかりそうになった子をジッと見つめる。

 この子は確か……昨日の……。


「……ランちゃん?」

「あー!ミーガルト様だぁ!モフモフさせてー!」


 モフ……。

 ランちゃんあなたって子は…!!


 私の頭を撫でながらご満悦そうなランちゃんだが、こんな小さな子供が朝早くに何をしていたのだろう?


「ランちゃんはこんな朝早くに何をしていたの?」

「えーとね、ランは朝ご飯とかのお手伝いしてるの!」

 えへんと胸を張るランちゃん。


「へー!偉いね!」

 そんな偉い子には、存分にモフモフさせてあげよう。


「ミーガルト様は?何してるの?」


 うっ……。

 子供のキラキラとした純粋な視線が痛い。

 私の心のやましい部分が透けて見られそうだ……。


 まさか、酔い潰れて、知らない間に半裸のジルの部屋にいたとは……口が裂けても言えない。

 ダメな聖獣おとなですみません……。


「お腹空いたから厨房に行ってみようかなーって?」

 これは間違ってない。本当の事だから!


「んー、そっかあ」

 ランちゃんは特に突っ込む訳でなく、あっさりと頷いた。


 これが子供の純粋さか…!!

 疑う事を知らない子供に罪悪感が募る。

「ウ、ウン。ソウダヨ……」

 思わず片言になってしまった。


「じゃあ、ランと一緒に厨房に行こう!」

「お仕事は大丈夫なの?」

「うん!終わりー。ランもこれからご飯なんだぁ」

 やったー!朝ご飯getだぜー!!


「ミーガルト様は肉球もプニプニだね!」

 私は笑顔のランちゃんと手を繋いで厨房を目指した。



 ******


「ふぉおおおおお!」

 思わず変な声が出た。


 こ、こ、ここが王城の厨房…!!


 興奮のあまりにいつの間にかパタパタと飛んでしまっていた。


 ざっと見て五十人はいるだろうか?

 料理人さん達全員が充分に動き回れるスペースのある厨房は、コンロやオーブン、冷蔵庫等々が沢山揃っていた。

 ここで王様達やお客様。城で働いている人々の食事が作られているのだと思うと中々に感慨深いものがある。


 しかもこの厨房、全体的に真っ白で綺麗なのだ。厨房と言えば、油っぽいイメージがあるがそんな事は全然ない。


『浄化』の能力を持った料理人さん数名がこの清潔な状態を保持してくれているらしい。


 ……おお。異世界っぽいぞ。異世界だけど。


 パタパタと飛びながら上から厨房を見渡していると……。


 ……?!


「何だ?この羽のある変な生き物は」


 誰かに身体を捕まれた。


「ちょ……!ちょっと!」

 ジタバタとその腕の中から逃げようとするが、なかなか抜け出せない。


 すると、今までニコニコと私を見ていたランちゃんが、ピョンピョンと飛びはねながら、私を取り返そうとしてくれていた。


「シーちゃん!ミーガルド様をイジメちゃダメだよぉ!!」

「シーちゃんって呼ぶな。ランのくせに」


 シーちゃん?ランちゃんの知り合い??


 小さなランちゃんでは、私を捕まえている男の身長には到底届きそうにない。


「……はあ?ミーガルド様って……が?」


 不躾な視線を感じ、そちらに目線を合わせれば……無遠慮な深い緑色の瞳がこちらを凝視していた。


 で悪かったですね……。

 私だって好きでこの姿になったわけじゃない!


 私はプウッと頬を膨らませた。


 白いふわふわの長毛に、薄い空色の瞳と薄い金色の瞳のオッドアイ。肉球はピンク色で最高の毛並みのモフモフを与えれた聖獣に対して?!


 モフモフへの冒涜だ!!!


「ほらぁ。シーちゃんのせいでミーガルド様が怒っちゃったよー?王子様達に怒られるよー?」

「マジか。それはやべえな……」


 今頃、謝ったって遅いんだからねっ!?


 ツーンとそっぽを向き、フグの様にパンパンに頬を膨らませている私の口元に、ふにっという感触の何かが押し付けられた。


 クンクン……。

 甘く優しい香りに抗えずに思わず口を開けると、フワッとした柔らかい物が入って来た。


「……っ?!」

 何コレ!何コレ!何コレ!!


「旨いだろ?」

 私を抱えているのが失礼な男なのも忘れ、私は口元を両手で押さえながらコクコクと首を縦に大きく何度も振った。


「これで許してくれよ。な?」

「……もう一つくれるなら」

「お安いご用だ!」

 男は笑いながらもう一つ、薄い黄色の小さくて楕円形の物を私の口に入れた。


 んー!!

 ふわふわと蕩ける様な食感と優しい甘さはクセになる。まるでスフレの様だ。


「ランも!ランもー!!」

「はいはい」

 私にしたのと同じ様にランちゃんの口にも入れてあげている。


 ランちゃんと戯れている目の前の男は、どこか似てる様な気がした。

 瞳の色もそうだし……ちょっと癖毛な所や面影も……。


「……ランちゃんのお父さん?」

「違ぇよ!!誰が親父だ!!」

 首を傾げる私に、間髪入れずに訂正が入った。


 あれあれあれー?


「プッ。あはははっ!!」

 ランちゃんは口元を押さえながら爆笑している。


「えーと……ごめんなさい?」

「……いや、良い」

 口元をへの字に曲げた男に頭を下げる。

 男は先程の失言があるから私に強く言えないのだろう。


「シーちゃんはねー、ランのお兄ちゃんなんだよ!お菓子作りが凄く上手いの!!」

 笑いの収まったランちゃんが、目尻の涙を拭いながら教えてくれる。


 そっか!お兄ちゃんだったのか!


「……だから。シーちゃんって呼ぶな」

 ランちゃんのお兄ちゃんだった『シーちゃん』は私をそっと下に下ろすと、そのまましゃがんで私に目線を合わせてきた。

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