10
「ミーガルド様!こっちだよ!」
「早く掴まえてよー!」
「こっち!こっちだよ!!」
キャハハハ。
「がおー!ミーガルド様だぞー!」
白い花の絨毯の広がる庭園で、私は子供達と戯れていた。
「掴まえたー!」
「あはは!ミーガルド様早いね!」
一番小さな女の子にギュッと抱き付くと、女の子は嬉しそうに顔を綻ばせながら抱き返してくれた。
「ミーガルド様……ふわふわで気持ち良い」
そうでしょう。そうでしょう。
私のモフモフは最高です!
「あー!ランだけズルいぞー!」
「私も!私も!!」
女の子にされるがままに撫でられていると、頬を膨らませた男の子と女の子が混ざってきた。
……子供の無邪気さで、この小さな身体を潰されたら堪らない。
「こらこら。ギューってされたらミーガルド様は苦しいから順番だよ?ね?」
子供達に優しくやんわりと語り掛ける。
「「「はーい!」」」
素直な子供達は、きちんと私の言う事を聞き入れて、優しく抱き締めてくれた。
うんうん。やっぱり子供は素直が一番だよね。お姉さんは可愛い子供が大好きよ!
「うわぁ……ミーガルド様モフモフだぁ!」
「すげー!柔らかくて温かい!」
……あれ?
「モフモフ……モフモフ……モフモフ」
一番小さなランちゃんが私を撫でながら呟いている。
もしや私の素晴らしいモフモフがランちゃんの新たな世界を切り開いてしまったり……?
「クスクス」
鈴を転がす様な可愛い笑い声に顔を上げると、そこには笑顔のミーシャ姫とジルフォードがいた。
「あ!ジルフォード様と神子姫様だ!」
「本当だー!」
「どうしたのー?」
子供達がパタパタとミーシャ姫とジルフォードに駆け寄る。
自分達を取囲む子供達を嫌がる素振りを一切見せない二人は、にこにこと笑顔を浮かべている。
「私達はミーガルド様に用事があるんだ」
「そうなのー?」
「うん。だから、ミーガルド様を貸してくれるかな?」
ジルは腰を落とし、男の子の目線に合わせながら微笑む。
「神子姫様。寝てなくて大丈夫なのー?」
「ミーガルド様のお陰で、もう大丈夫よ」
「そっかー!良かった!でも無理しないでね?」
「ええ。ありがとう」
ミーシャ姫もドレスが汚れるのを気にする様子もなく地面に膝を付き、女の子の頭を優しく撫でる。
「神子姫様あのね?」
「どうしたの?」
ランちゃんがモジモジと手を擦り合わせている。
「神子姫様の髪の毛キラキラして綺麗だなって……」
「うん」
「触っても良い?」
「勿論。どうぞ」
ランちゃんは満面の笑みを浮かべ、ミーシャ姫の髪の毛にそっと触れた。
「わぁ……サラサラで綺麗……」
「ふふっ。ありがとう」
「良いなぁ……。サラサラ……モフモフ……」
モフモフ?!
ランちゃんあなたって子はやっぱり……?!
「あっ!ラン!姫様にそんな失礼な事を!」
二人の侍女さんがお仕着せの裾を押さえながら駆け寄って来た。
「ジルフォード様。姫様。子供達が大変失礼な事を致しまして……大変申し訳ございませんでした」
そう言った侍女さんがランちゃんをミーシャ姫から引き離し、もう一人の侍女さんが男の子と女の子をジルフォードから引き離して深々と頭を下げた。
この様子からして、侍女さん達は三人の子供のお母さんなのだろう。
「いや。子供達は何も悪い事なんてしてないから気にしないでくれ」
ジルからの視線を受けたミーシャ姫はニコリと微笑んだ。
「ええ。とても楽しかったわ。今度は一緒に遊びましょうね?」
ミーシャ姫の笑顔に、ばつが悪そうな表情だった子供達の顔がパーっと笑顔に変わる。
「だから、子供達を怒らないであげてね?」
「姫様……。ありがとうございます。」
頭を下げる侍女さん達に連れられた子供達は「「「バイバーイ。またね!」」と、大きく手を振りながら帰って行った。
子供達が見えなくなるまで手を振るジルとミーシャ姫と私。
「ふふっ。ジルもミーシャ姫も優しいね」
「当たり前だろう?私達がこうしていられるのは、支えてくれる民のお陰なのだから」
「はい。私達が守るべき大切な方々です」
心からそう思っている事が分かる二人に、私の顔も自然に綻んだ。
こんな素直で優しい二人がいる……こんな二人に育て上げた王様達だからこそ民衆は王族を支持をし、愛してくれるのだろう。
良い国だな……。
この国に住む全ての人達を『守ってあげたい』私の心にそんな気持ちが芽生えた。
……さて。
本日の私のお仕事は、ミーシャ姫の身体を完全に回復させる事だ。
ここ数日のミーシャ姫の努力は本当に凄いと思う。
寝たきりの状態だったミーシャ姫が、半分回復してもらったとはいえ……
始めはまともに歩けさえしなかったのに、ゆっくりではあるが一人で歩ける様になるまで頑張ったのだ。
「では、今日は約束通りにミーシャ姫の身体を完全回復させます」
そう言って、白い花の上に座っているミーシャ姫の隣に立つ。
「唯。ミーシャを頼んだ」
「唯様。宜しくお願い致します」
二人に笑顔で頷き返してから、私は目を瞑った。
先ずは穢れの浄化だ。
ほぼ毎日穢れを祓っているというのにも関わらず、穢れのモヤは直ぐにミーシャ姫の心臓を鎖で縛り付けようとするのだ。
この穢れはどうして神子の身体に溜まってしまうのか……。
私は【万能】の力で穢れを消し去った。
この穢れが溜まらない様にしたいんだねね……。
あ、そうだ!
「ねえ。ジルかミーシャ姫。こういう風にパカッて開く様なアクセサリーとか持ってないかな?」
突然、ある事を思いついた私は、両手で蕾が花開く様なジェスチャーをして見せる。
私が求めているのは、ロケット型のペンダントである。
「ん?……ああ。私が持ってるよ」
ジルは首元を緩め、着けていたネックレスを外した。
「前国王だった祖父から頂いた物だが……これで大丈夫か?」
「ありがとう!」
ジルから差し出されたネックレスを受け取り、自分の首にかけた。
さてさて。次は……。
えいっ!
ブチッと勢い良く頬の辺りの毛を抜いた。
「唯!?」
「唯様?!」
驚いたジルとミーシャ姫を『まあまあ……』と、ジェスチャーで宥め、抜いた毛を小さく丸めてロケットの中にしまいながら、『穢れを弾け』そう念じてロケットに力を込めれば……完成だ!!
「ミーシャ姫。コレを肌身離さずに持っていて下さいね」
スルッと首からネックレスを外し、ミーシャ姫の首にかける。
「唯様……これは?」
「おまじないです」
小首を傾げるミーシャ姫に、ニッコリと笑い返すと、ミーシャ姫の顔がほんのり赤らんだ。
……??
えーと、喜んでくれたみたいで良かった!
私のモフ毛はたくさん生えてるし、ネックレスはそもそもジルのなんだけどね……。エヘッ。
ま、良いか!
「じゃあ、今度こそ完全回復行きますよ!」
私は両手でミーシャ姫の身体に触れ……【癒し】の力を解放させた。
******
「お兄様ー!!唯様!!」
ミーシャ姫はドレスの裾が乱れるのも気にせずに、庭園を走り回っている。
私とジルは笑顔でそれを見守っていた。
先程、完全回復したミーシャ姫は立ち上がると、『身体が羽の様です!』と涙を浮かべて微笑んだ。
『唯様には何とお礼を申し上げたら……』
祈りを捧げそうな勢いのミーシャ姫を押し留め、『それより!走って来たら?』そう私が言うと、ミーシャ姫は『はい!ありがとうございます!』私に頭を下げ、そのまま庭園の中を縦横無尽に走り出した。
と、いう訳である。
ミーシャ姫は走れる喜びを……生きて動ける喜びを確認している様に見えた。
「……唯。さっきのあれは……」
ミーシャ姫から視線を外さないままジルが呟いた。
「ああ。あれは穢れを弾けるかどうかの実験……かな」
同じく視線をミーシャ姫に向けたまま私が答える。
「穢れを弾く……?唯の毛が?」
「そう。私のモフ毛と聖獣の力があれば弾けるんじゃないかなって」
モフ毛は世界を救う!!なーんてね。
そんな冗談は置いといて……。
《神子達の身体に穢れが溜まらない方法はないか》とか。
《この世界の穢れを私の身の内に溜める方法がないか》とか。
色々と調べるつもりだけど、万が一にでも私の身動きが取れない間にミーシャ姫に穢れが溜まるのは避けたい。
この笑顔を二度と失いたくはない。
「そうか……。ありがとう、唯。改めてお礼を言わせてくれ」
私の手を握ったジルが真面目な顔で私を見る。
「お礼なら貰ってるよ」
私は左右に首を振った。
聖獣になってからの私は、色々な人達に『ありがとう』の言葉を沢山貰った。
元の世界ではお客さんに『ありがとうございます』を言うのが当たり前で、【ありがとう】と言う本当の意味や使い方を忘れていた。
たった数日の事だというのに、私の心の中は沢山の【ありがとう】でポカポカと暖かい。
「それに。今日の対価はちゃんと現物支給で頂きますからね?」
ニッと笑うと、ジルは私の手を離して苦笑いを浮かべた。
「ああ……分かってる。それに父上や母上からのお誘いがまた今日もあったぞ」
「やったー!今日も楽しいお酒getー!」
立ち上がり、ピョンピョンとその場で跳び跳ねる。
「唯様ーー!」
少し離れた所からミーシャ姫が手招きをしている。手招きをしているのとは別な手には白い花冠が見える。
よし!私も久し振りに作ってみようかな。
「ジル!行こう!!」
両手でジルを引っ張って、無理矢理に立たせる。
そして二人でミーシャ姫の元に駆け出した。
「ミーシャ姫!!」
*********
「……唯は学習しないな。」
ジルフォードは、自分の腕の中でスヤスヤと寝息を立てている聖獣こと『唯』を見下ろしながら苦笑い混じりに溜め息を吐いた。
さっきまでノリノリで酒を飲んでいた唯は、今は幸せそうな顔で眠っている。
まあ、楽しい酒なら良いか……。
コツンと唯の額に自分の額を寄せた。
そして、ジルフォードはまた唯を自分の部屋へと連れて行った。
「何でまたこうなったー!!」
翌朝、目覚めた唯が困惑して叫ぶ姿を見る為に。
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