7
リーリアさんとダニエルさんと別れた私は、そのまま王城にある自分の部屋に戻って来ていた。
ポスッと大きなベッドに転がり……天井を仰ぐ。
心がザワザワして落ち着かない。
「はぁ…………。」
私は深い、深い溜め息を吐いた。
他人の恋愛を……人生を………羨むのは…………違う。
だけど……。
私は黙って、天井を見続けた。
***
コンコン。
「唯。いるかー?」
ノックの音と共に、扉の向こうからジルの声が聞こえて来た。
私はノロノロとベッドの上で起き上がる。
随分と長い間、ボーッとしていた様だ……。
気付けば部屋の中はもう真っ暗になっていた。
「唯ー?」
ガチャ。
扉が開き、廊下の光を背負ったジルが部屋の中に顔を覗かせた。
「何だ。いるじゃないか」
……あれあれー?
返事もしていない女性の部屋を勝手に開けるのは、マナー違反じゃないの??
「ジル……?」
ジト目を向ける私に構わず、ジルはズカズカと部屋の中に入って来る。
こら!マナーは何処に行った!?
「寝てたのか?」
「ううん。考え事をしてただけ」
ベッドの脇に立ったジルが私の顔を覗き込んで来る。
王子様……マナーぇ……。
どこから突っ込もうかと思案し始めた私に、ジルが真面目な顔をしながら深々と頭を下げて来た。
「唯。ダニエル達の事、ありがとう。私からもお礼を言わせてくれ」
「……え?私、お礼を言われる様な事なんてしてないよ?」
私はただリーリアさんの話を聞いて、お腹の赤ちゃん達の話をしただけだ。
なのに、ジルは首を横に振る。
「あの二人の事は……デリケートな問題すぎて、誰も触れられなかったんだ。そして、皆が一様に心配していた」
確かに……第三者が口を出すには難しい問題だったかもしれない。
男性が女性の気持ちを心から理解することは難しいし……。
何も知らなかった私にだからこそ、リーリアさんは話してくれたのかもしれない。
「だから、ありがとう。唯は不本意だと思うけど……私は、ここ来てくれたのが唯で良かったと心からそう思う」
ジルは私の目線に合わせる様にしゃがみながらポンッと私の頭に手を乗せ、そのまま撫でてくれる。
……『唯で良かった』。
たったこれだけの言葉なのに、今までザワザワして落ち着かなかった心が鎮まっていくのを感じた。
何もかもが不安な状態で、誰かに感謝され……自分が認めて貰えるという事がこんなにも嬉しいだなんて……。
思わず涙が溢れそうになる。
口元をへの字にしながら、泣くのを堪えている私に……
「泣きたい時は素直に泣いたら良いのに」
ジルは瞳を細めて、少し意地悪そうに笑った。
……なんだって!?
……生意気だ。年下のくせに生意気だ!!
不覚にもドキッとしてしまったじゃないか……っ!!
プウッと頬を膨らませて顔を背ける私に、ジルはクスクスと笑った。
からかってるな?!
年上の聖獣をからかって楽しんでいるな!?
更に膨れた私を優しく抱き上げたジルは、
「唯の為に美味しいお酒と食事を用意したから、行こう?」
そう耳元で囁いた。
『美味しいお酒と食事』
この言葉にピクッと反応する耳と尻尾。
思わずジルを仰ぎ見ると、優しい色をした瞳がこちらを見下ろしていた。
『女性の許可無しで勝手に触るなんて……!』
そう怒ろうとしていた気持ちがスッと消えて無くなった。
ジルは私を心配して……迎えに来てくれたんだ。
私なんかよりもずっと身分が高い王子様なのに……。
ジルは自分よりも10歳も年上の私を気遣ってくれているのだ。
そんな事に気付けない程に腐ってなくて良かった……。
好意には好意で返すのが私の信条だ。
ジルに気を遣わせたままの大人ではいたくない。
私はこの国の聖獣なのだから……。
私は深い溜め息を一度吐いた後に、ジルに向かってニカッと笑った。
「やったね!!今日も沢山飲むぞーー!!」
うじうじ悩む事もあるだろう。
だって、まだこの世界に来て数日なのだ。
「程々にしろよ?」
「えー?歩けなくなったら、ジルに運んでもらうから!!大丈夫だよ!」
こうして気遣ってくれる人がいるなら……頑張れるかもしれない。
「それは大丈夫とは言わない!最初から頼る気か……!!」
「えへへー」
取り敢えず、今日は潰れるまで飲むぞー!!
******
……本当に私に運ばせるとは……。
ジルフォードは自分の腕の中で、すやすやと寝息を立てているフワフワとした毛並みが美しい、小さな聖獣を見下ろしながら苦笑いを浮かべた。
今は小さな聖獣の姿だが、元は違う世界の人間であった事を妹のミーシャから詳しく聞いている。
ミーガルドこと……『広瀬 唯』は、私よりも10歳上の大人の女性なのだそうだ。
彼女は自分の姿をこんな風に変えてしまった神に怒りながらも、早くも妹やダニエル夫妻を救ってくれた。
『モフモフ最高!!』と、笑顔ではしゃいでいる時は、自分よりも年下に見える唯だが……時折、張りつめた様な顔をしている事に気付いた。
無理もない。まだここに来て数日しか経っていないのだし……。
何よりも、知らない世界に喚ばれ、人としての姿さえ失った状態で、更に故郷へ帰ることも出来ないと告げられた。
唯の様に振る舞える人間がはたしてどれ程いるだろうか?
私には……唯と同じ様に振る舞える自信はない。
良くも悪くも私は王子だから。
この世界の事も他の世界の事も……私は詳しく知らないのだ。
恵まれた環境での恵まれた生活……。
このままでは駄目だと自分でも分かっている。
いずれ人の上に立つ者として……このままではいけない。
唯はやはり大人なのだと思う。
ニコニコと笑顔で周りに気を使いながら、一人で我慢するタイプの人間。
元の世界なら、そんな彼女の助けになる存在がいただろう。
だが、この世界はどうだ?唯は不安に押し潰されてしまわないだろうか……?
私には唯を気遣う責任がある。
この国の第一王子として、この世界の一員として。
唯が幸せになる為の手助けが出来たらと、そう思う。
それが出来たのならば……私も変われる。そんな確信にも似た思いがある。
この世界に来てくれた唯一無二の存在の唯。
私は大切にしたい。
……聖獣だから?
それは勿論ある。
しかし、それだけではない。
……何故かとても気になる。『守りたい』と思う。
「むにゃ……もう飲めませーん……」
髭をピクピクと動かす唯。
「全く……困った聖獣様だ」
ジルフォードは笑いながら、ある悪戯を思い付いた。
**
「……は?!何?何、何、何?!何なの?!」
翌朝、目覚めた唯は目の前の光景に絶句した。
自分が寝ていたベッドの隣には、何故か半裸の王子ジルフォードが居たからだ。
「え……?何……どういう事?……意味が分からない。え?お持ち帰り?朝チュン……的な?」
頭を抱えながら困った顔をしている唯の姿を……ジルフォードは薄目を開けて見ていた。必死な唯の形相に、笑いを堪えるのが大変だ。
「……王子様を奪っちゃった?いやいやいや!私……今、猫だよ?!腹筋の割れたお腹は……眼福です!って、私は痴女か……!!」
ククッ。
堪え切れずに、ジルフォードが笑い声を漏らすと、
「ジル?!起きて……!?もしかして、からかったね?!」
我に返った唯が、怒った顔をして詰め寄って来た。
「はははっ」
悪戯成功。焦る唯は想像よりもずっと可愛かった。
ジルフォードはお腹を押さえながら暫く笑い続けた。
「もう!!ジルの馬鹿ぁーーー!!」
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