「うわぁぁぁぁぁ!!」


 ビクッと身体を大きく揺らし、跳ね起きた私はゼーゼーと荒い息を吐いた。


 ……死ぬかと思った。

 いや、確実に死んだと思ったよ。


 何だ……夢だったのか。変な夢だったな。

 ホッと安堵の溜息を吐きかけて……ヒュッと息を飲み込んだ。


 何故ならば、視界に白いモフモフの手が写り込んだからである。



 ……夢じゃなかった。

 私は大きな溜息を盛大に吐いてから、周りをキョロキョロと見渡した。

 気を失っている間に、さっきまでいた石造りのギリシャ神殿みたいな場所とは違う所に移動されたらしい。


 広い部屋の中にある大きなベッド。

 一般庶民でも一目で分かる、室内にある高級そうな調度品の数々……。

 こんな部屋に寝かされるなんて、ただの猫の私が受ける待遇ではない。


 ……もしかして、寝てる間に売られた?

 ここって……悪い人の家だったり……?

 私、これからどうなるの!?


 両頬を押さえながらムンクの叫びのような表情を浮かべていると、『コンコン』と控え目に扉がノックされた。

 何と返事をしたら良いか……と迷っている間に、カチャッとドアノブが回され、眩しいモノが部屋の中に入って来る。


「……ミーガルド様!お目覚めでしたか……良かった」


 部屋の中に入って来たのは超絶美少年だった。

 私を見つめるキラキラとした微笑みが……眩しい。


 蜂蜜色のサラリとした襟足まで伸びた髪をオールバックに纏め、物語に出てくる白騎士が着るような服を着ている。年の頃は十六~十八歳くらいだろうか?

 蜂蜜色の髪に、エメラルドグリーンの瞳の持ち主なんて……王子様か!!

 ……眩しい。若くて見目麗しい少年なんて、色んな意味で眩しい!!


「私はこの国……セピアニア王国の第一王子のジルフォード・セピアと申します」

 ニコッと微笑みながらお辞儀をする超絶美少年。


 おおっと……本物の王子様だった。

 本物の王子様なんて生まれて初めて見るけど……やっぱりキラキラしてるんだな……。オーラが全く違う、と変な所で肝心した。


「ジルフォード様……」

「私のことはどうぞ『ジルフォード』か『ジル』とお呼び下さい。ミーガルド様」


 にこやかに微笑んでいるはずなのに、どこか有無を言わさない威圧感がある。

 ここが一体どこの国かは分からないが……王子様を呼び捨てにするのは日本人の私には難しい。だって、王族なんて上下関係の頂点じゃないか!


「……ジル様」

「『ジル』で良いですよ。ミーガルド様」

「いや……そんな」

「……(にこり)」

「ジル様……」

「……(にこり)」


 ……駄目だ。

 どうしてこんなに頑ななのか。

 私は泣く泣く折れることにした。


「ええと……ジル?『ミーガルド』って誰ですか?私の名ではないのですが……」

 おずおずと尋ねてみると、ジルは困った様な笑みを浮かべた。


「急なことで色々と質問があるかと思いますが……先ずは、ミーガルド様に会って頂きたい者がおります。歩きながらお答えしても宜しいでしょうか?」


 自分のことは頑なに呼び捨てにさせたくせに、私を呼ぶ時には『様』を付ける。

 分からないことだらけだが……私は二つ返事で頷いた。

 説明してくれるというなら問題はない。


「……良かった。ありがとうございます」

 心の底から嬉しそうな笑みを浮かべるジル。

「……ど、どういたしまして?」

 美少年の笑顔が眩しすぎて、私の顔が強張ったのは仕方ない……よね?


「では、行きましょうか」

 笑顔のジルが私に向かって両手を差し出して来る。


 ……は?

 ポカーン再びである。


 何故に両手?

 エスコートするなら片手では?


「さあ。どうぞ。ミーガルド様」

 両手を差し出したジルがジリジリと一歩ずつ近付いて来る。


 ええと……これはまさか『抱っこするからおいで』ってこと……?

 こんな超絶美少年に抱き抱えられるだなんて……!犯罪だ!!

 それに……私、そんなに軽くないのに!

 どうしよう?どうしたら……!!


 ……って、私……今、猫の姿だった。

 スッと憑き物が取れたように冷静になった私は、素直にジルに身を預けた。


 うん。私、美少年な王子様の飼い猫にしか見えないわー……。

 自分で歩かなくて良いから、楽でいいけど。


 半眼のまま運ばれている私に、ジルが話し掛けて来る。


「貴方様が最初に現れた場所は神殿ですよ。その場にいた多くの者は、神殿に仕えている者達です」


 ……なるほど。

 だから、あんなギリシャ神話みたいな服装だったのか。信者さん達なら頷ける。


「『ミーガルド』とはセピアニア王国では【聖獣】の意味を持ちます。貴方様は、神によって我が国に召喚された聖獣様なのです。」

 約束通りに歩きながら私の疑問に答えてくれるジル。


 ジルは私が【聖獣】だと言った。


「……何かの間違いでは?」


 私は元人間で何の力もない。日本という狭い国の中でも埋没してしまえるくらいに一般的で、秀でた才能もないただの凡人だ。

 そんな私が異世界に召喚されてって……。どんな冗談だ。全然、笑えない。


「いえ。間違いありません。貴方様の容姿や異なる瞳の色がその証明です。そして何よりも、神子みこが予言した通りでしたから」



 …………百歩譲って、平凡なアラサーの私が召喚されたことにしよう?


 これって普通なら【聖】として召喚されるパターンだよね?

 何故に私は【聖】になったの……?

 猫は大好きだし、モフモフも大好きだよ?

 だけど……解せぬ。


 そもそも私の身体は何処に行った!?

 って、そうだよ……。

 私の身体はどうなったの?マンホールに落ちてそのまま?

 それとも召喚とかされた影響で……本気で猫に変わっちゃったの??


『神子が予言した通り』ジルはそう言った。

 神子なら色々知っているかもしれない。私が元の姿や場所に戻る方法も……。


「ジル!神子に会わせて欲しいです!」

 ガバッと顔を上げると、思ったよりもジルの顔が近くてビックリした。

 ……美形のドアップは心臓に悪い。

 少し離れた所で鑑賞している位が丁度良いと思うの。


「……会って頂きたいのは、私の妹でもある神子です。」

 いつの間にか立ち止まっていたジルが、神妙な表情で私を見下ろしていた。

「ジルの妹さんが……神子?」

 こんなにスムーズに出会えるなんて!私、ついてる!?

 そう浮き足だった心が……

「ミーガルド様にお願いがあります。私の妹……五歳下の妹のミーシャを救ってやって下さい!!」

 瞳に涙を浮かべたジルが頭を下げて来たことで絶ち消えた。


「このままでは……妹は……ミーシャは!」

 唇をギュッと噛み締めるジル。


 ……どういうこと?

 私は涙を堪えているジルを呆然と見上げた。


「ええと……詳しく話してもらえますか?」

「はい……」


 ジルの説明によると……。

【神子】には、神の意思を予言として民に伝える役割と、この世界に溜まる穢れをその身の内に取り込んで浄化するという重大な役割があるのだという。

 神子達はその重すぎる後者の責務により短命となり、平均寿命は三十歳前後。


 先代神子が亡くなった後に、ジルの妹が選ばれて後を次ぐことになったのだが……。

 ミーシャ姫は当時6歳と歴代の中でも最年少で、神子としての力が強かった。

 その為に、無意識の状態でも穢れを浄化し続けてしまい……ただでさえ短い命を更に縮めてしまうことになったのだという。


 今年12歳になったミーシャ姫。その命は今年保つかどうか……らしい。


「……どうして、そんなに幼いミーシャ姫が選ばれたんですか?」

「神の意思だったと聞いています……」


『神の意思』。

 私の召喚も神によるものだとジルは言った。


 ……神だか悪魔だか知らないが、こんなに人の命や運命を弄んで良い訳がない。

 私達はチェスの駒じゃないんだ!!


 そう憤りはしてみたものの……。

 私がミーシャ姫を救えるとは限らないし、自信は全くない。

【聖獣】だなんて言われたって、どんなことができるか分からないのだ。

 だって、私から見たらただの白い猫だもん……。



 いつの間にか歩き出していたジルの足が、蔦の模様が巡らされている大きな扉の前で止まった。


 コンコン。

 ジルが扉を叩くと、中からローブを全身に纏った顔だけを出している侍女らしき女性が出て来た。


「ジルフォード様。姫神子様がお待ちです。どうぞ」

「うん。いつもありがとう。ユーリア」


 ジルに『ユーリア』と呼ばれた女性が、流れるような動作で私達を中に誘導して行く。


 室内は天蓋のような白くて長い布が幾重にも垂れ下がり、足元に置かれたたくさんの蓮のような形をしたランプが、幻想的な空間を演出している。

 その部屋の最奥にある大きなベッドに、神子であるジルの妹のミーシャ姫はいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る