聖獣として異世界召喚されました?!

ゆなか

1

 目覚めると……


「おおー!ミーガルド様だ!!」

「ミーガルド様がいらっしゃったぞ!!」

「我が国に……遂に!!」

「ありがたや、ありがたや……」


 たくさんの見知らぬの異国の老若男女が、嬉しそうに涙を流したり、頬を上気させ興奮したような表情で……私を取り囲んで見下ろしていた。


 ……えーと、これはどういう状況?


 ポカーンである。全く意味が分からない。


 ポカーンとしつつも私は、この状況をどうにか把握する為にキョロキョロと周りを見ながら情報収集をしていた。

 この僅かな時間で感じた一番の疑問がこれだ。


 キラキラとした瞳で私を見つめている人々が口にする名前らしきもの。

【ミーガルド様】って…………誰のこと?


 因みに、私はそんなキラキラネームの持ち主ではない。

 勿論、そんなあだ名で呼ばれたこともない。


 疑問は他にもある。

『どうして、みんなギリシャ神話に出て来る人達みたいな服装なの?』とか。


『どうして、私はこんな神殿みたいな場所の真ん中に座っているの?』

 ついでに、『どうして見下ろされているの?』とか。


『どうして、英語が苦手な私がこの人達の言葉を理解できているのだろう?』とか。


『…どうして、そんなに物珍しそうな視線を受けなければならないのか?』とか。


 べシッ。べシッ。


 そもそも私はココにいるんだっけ……?


 首を横に傾げると、私を取り囲む人々が『おー!!』と、一際高い歓声を上げた。


 ……何なの?

 私は何かの見世物か?!


 べシッ。べシッ。


 あー。イライラする。

 さっきから、人のことを珍獣扱いしているような人々の視線が気に入らない。

 そんなに日本人が珍しいの?

 まさかこの現代社会で、『黄色い猿』なんて差別的なことでも言うつもり?


 べシッ。べシッ。


 それに……さっきから聞こえる『べシッ。べシッ。』と聞こえてる音は何なんだ!!

 うるさいなー!


 ガバッと勢いよく、音のする後ろを振り返れば……。

 白く長い毛に覆われたモフモフの尻尾が、不機嫌そうに尻尾を床に『ベシッ。ベシッ。』と上下に打ち付けていた。


 ……何だ。尻尾か。

 この尻尾が床を叩いていたのか。

 モフモフで可愛いな……と、視線を戻しかけて……二度見した。


 ちょっ・と・待・て!!

 ……このモフモフの尻尾の本体はどこだ!?どこに繋がってる!?

 肝心の動物が見当たらないじゃないか!



 ……嫌な予感がした。

 サーッと全身の血の気が引くのを感じながら、私は恐る恐る尻尾を見た。

 ゆっくりと尻尾の先からその付け根までを辿れば……それは真っ直ぐ私の方に伸びており……。


 私はハッと自分の両手を見た。


 白くてふわふわモフモフの小さな愛らしい手。

(正しくは足だけど、そんなのはどうでも良い!)

 ピンク色の肉球や手の造りからすると……これは猫だろうか?


 グーパー、グーパーと両手を閉じたり開いたりする。

 うっ……可愛い。私は猫が大好きなのだ。


 ……って、そうじゃない!

 私が思った通りに動くということは……。


 そんな猫の両手で自分の顔面に触れれば、つるんとした人間の肌ではなく、手と同じモフモフふわふわの毛並みの感触がした。

 頬の左右それぞれにはピンと伸びた髭。頭の上には三角に尖った耳がある。


 まさか……本当に?


 思わず瞳を見開くと、私を取り囲んでいた人々の中から一人の若い女性が近付いて来た。私の様子で察してくれたのか、ポケットの中から手鏡を取り出すと、そのまま私が見やすいように向けてくれる。


 そこには…………。

【ラグドール】という品種の猫にが写っていた。

 白いふわふわの長毛に、薄い空色の瞳と薄い金色の瞳のオッドアイ。

 身体はまだ小さめで仔猫と成猫の中間くらいの大きさといった所だろうか。


 ……………。


 むにーと頬を引っ張ると、鏡の中の猫も同じように頬を引っ張る。

 あっかんべーをすれば、鏡の中の猫もあっかんべーをする。


 ……ああ、うん。

 ……これはあれだ……。多分、夢だ。

 だから早く目を覚まさなくちゃ……。


 フッと意識が途切れる瞬間に、救急車のサイレンが聞こえたような気がした……。



 ********


 その日。

 仕事帰りの広瀬ひろせ ゆい、二十七歳はご機嫌だった。


 東北で暮らす親元から離れ、上京したのは大学生の時。

『夢はアパレルショップのカリスマ店員!!』

 ……なんて思っていた若い頃もあった。


 残念ながら……カリスマ店員にはなれなかったけど、自分の好きなアパレルブランドに就職することができたのだから、夢は叶ったと思ってる。


 地味な見た目をカラーリングや化粧でカバーしつつ、大好きなブランドの洋服を身に付けながら仕事ができる喜び。

 仕事が楽しすぎて彼氏というものとは縁のない生活を送っていたが、充分に満ち足りた幸せな生活。


 そんな毎日だが、今日は特に嬉しいことがあった!


 私の働いているブランドは、日替わりでショーウィンドウのマネキンを一体、トータルコーディネートする作業がある。今日は私の担当だった。

 コーディネートを変えることで視覚的な真新しさをアピールするという試みなのだが、コーディネートする人によって、同じブランドなのに着こなし方やカラーのアピールが変わるので面白いと思っている。


 トータルコーディネートをしても、その中の単品が売れることがほとんどなのだが……今日はそのまま全部売れた。それも何度もだ。

 マネキンに新しく飾る度に『これと同じの全部下さい』と言われ続け、その度に『ドッキリでした~』なんてことだったらどうしようとドキドキしていたが、そんなことは起こらず、無事にお買い上げしてもらえた。

 こんな不思議なことが起こるんだ……と驚きつつも、自分の考えたコーディネートがたくさんの人に受け入れてもらえたのが凄く嬉しかった。


 この奇跡的な出来事のお陰もあって、本日の予算を上乗せで達成させることが出来た。

 久し振りに今月のお店の売上予算が大幅達成できそうだと、月明かりの中で鼻歌を歌いながらスキップしていたのが……まずかった。

 蓋の開いているマンホールに気付かずに……そのままストンと落ちた。


 ……こんな所に人生の落とし穴があったとは!!

 上手い話には裏があるように、良いことの後には悪いことが待っている。

 まさに人生あるある。


 …………!!?

 驚き過ぎて悲鳴も出なかった。


 咄嗟に手を伸ばすものの……掴める所なんてあるはずもなく……。


 私はそのまま真っ暗闇に吸い込まれて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る