赤ずきんさま(2)
家具がすくなく、あまり生活感を感じさせないリビング。こちらも荒らされた形跡はありませんでしたが、床は土だらけでした。
土足で小屋に入ったのか、それがおばあさんではないなにかの仕業であるのは明白でした。
リビングからは私室、寝室、トイレ付きの浴室に行けましたが、赤ずきんは迷わず寝室に入りました。
確信に近い予感が赤ずきんを動かしていました。
そっと寝室の扉を開くと、その先は暗闇と――獣臭。
人間のものとは明らかに異なる、野生の獣が持つ腐臭汗臭自然生活臭の統合ともいうべき
無言で、赤ずきんは携帯していたガス式の点火棒で寝室のランプに火を点けました。
ランプによって照らされた寝室はカーテンが全て閉め切られており、そして――ベッドに掛けられた羽毛布団が、なにやら不自然に盛り上がっていました。
おばあさんが寝ている――ようには赤ずきんには見えませんでした。
――なぜなら、おばあさんは赤ずきん並に小柄なのです。
「……貴様、何者だ」
探りを入れるまでもなく、赤ずきんは開幕から切り込みました。
「……………………お、おばあさんデスヨ」
ベッドの中に潜んでいるなにかが答えました。
ちょっと震えた声で。
「嘘をつくな」
「……………………あ、その、すいません」
即座に嘘だと断じる赤ずきんに、ベッドの中に潜んでいるなにかは割と素直に謝りました。
どうやら嘘をつくのは苦手のようでした。
「こほん。えーと……ククク……バレちゃしょうがない! はァっ!」
ぶぁさっ、と自ら勢いよく羽毛布団を剥ぎ取り、ついにベッドの中からそれが姿を現しました。
大きな耳。
かわいらしい
なぜかキレイに切りそろえられて殺傷力が低そうな爪。
もふもふしてそうな毛皮。
――オオカミでした。
パッと見、長い黒髪に脳天気な笑顔が愛嬌たっぷりな女子高生がオオカミの着ぐるみを着ているだけ――にしか見えませんが、それはオオカミでした。
「この姿を見たものは何人たりとも生かしては帰さぬ! さあさあおとなしくお姉ちゃんの胃袋の中に収まるがいいってうおおおああああああかぁぁぁわいぃぃぃいいい!!」
がおー! と戦闘態勢をとったものの、オオカミは一瞬で赤ずきんのかわいさにイカれてしまいました。
「あーこのかわいさはいけませんね! いけませんよ! なんかこう物理的じゃなくて性的な意味で食べちゃいたい! もうこうなったらお姉ちゃんといっしょに暮らそ! ね!」
オオカミというより人懐っこい柴犬のように尻尾をブンブン振りながら赤ずきんを抱きしめるオオカミ。
しかし――
「――ふんっ」
「あべぁ」
べばち! と、赤ずきんはまぁまぁ本気の平手打ちをオオカミの横っ面に見舞いました。
「……図に乗るなよ獣風情が」
「えぇ……?」
その仕打ちがショックだったのか、オオカミはすぐさましょんぼりと肩と尻尾を落としてなんとなく赤ずきんの前で正座しました。
「貴様……この小屋に住んでいる私の
「……………………お姉ちゃんのおなかの中です」
「食ったのか」
「……………………その、食べ物を分けてもらおうと交渉したんですけど互いの主張が平行線になっちゃって、このままじゃラチが明かないとやむなく武力に訴えてしまった結果です。はい」
ふむ、とオオカミの話を聞いて小さく唸る赤ずきん。
「――であれば、武力に訴えられても文句はあるまいな?」
赤ずきんの灯火のような紅い瞳が、瞬時に温度を失いました。
「こいつは殺してもいい奴」と、単なる障害を排除するという無機質な決意がその眼に宿っていました。
戦場帰りの兵士――それは少女の目つきではありませんでした。
オオカミはビビり散らかしました。
「お、おぉぉお姉ちゃんだって野生のオオカミの端くれ! ダっ、
再び立ち上がって
オオカミは完全に赤ずきんに気圧されてますが、単体の戦力差は赤ずきんが一だとしたらオオカミは五と、普通に戦った場合まずオオカミが勝ちます。
赤ずきんもそれは理解してました。
その上で、赤ずきんはオオカミを葬る確信がありました。
――赤ずきんは、一人でこの小屋に来たわけではなかったのです。
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