そらをたつ(8)
☆ † ♪ ∞
[同日]
[午後九時一一分]
[津雲市 バー『ソルテリア』]
駅前のビルの中にあるバー『ソルテリア』
テーブルは20席のショットバースタイル。
照明はあまり明るくなく、それでいてモダンな内装。バーとしては至極真っ当な――落ち着いた雰囲気があった。
店構えや立地は悪くない。しかし店内はバーテンダーと客らしき男の二人しかいなかった。
カウンターでウイスキー『響』を飲んでいるのは、着崩したスーツに身を包んだ男。
歳は三〇代後半か、身長は一七〇センチ強。中分けのウェーブがかかった黒髪にヒゲを生やしている。
着崩している……といってもスーツの仕立て自体は良く、ブランド品。ネックレスや腕時計などもアクセント程度にとどめており、洒脱な身なりといっていい。
そこに、もう一人客が入ってきた。
急いで来たと言わんばかりに息を切らしながら。
「居た……! ロシュウさん! ちょっと聞いてくれよ……!」
羽黒トモヒト。朝吹中学校に勤める教師。
「おっ、センセじゃないの! ほら、こっち座りなよ」
ロシュウと呼ばれた男は明るく応えながら、トモヒトを手招きした。
気さくな雰囲気を感じさせるが、酔気ではない。ウイスキーを飲んでいるはずなのにその顔は
「その……前にもらった薬なんだけどさ」
「――自分の教え子に盛ったんでしょ?」
トモヒトの言葉をごく自然に継ぐロシュウ。
それはトモヒトが秘密にしていた事実だった。
「ちょ……ッ!? なんでアンタがそれを……!?」
ロシュウとバーテンダーの顔を交互に見ながら顔面蒼白になるトモヒトに対し、ロシュウはあっけらかんとしていた。
「あーだいじょぶだいじょぶ。ウチのバーテンダーは口が堅いっつーか他人にそんな興味無いから、余計なことは口外しないよォ」
「いや、そうじゃなくて……それならそれでいいけどさ! どうしてアンタがそこまで知ってるんだよ……!?」
「そりゃワカるさ。ワカッちゃってるのよ。センセが誰に
態度から言動まで全てが軽くていいかげんなロシュウに頭を抱えながらも、トモヒトはその隣に座った。
「……薬を盛られた奴がどうなったか解るっていうなら、今どうなってるのか教えてくれよ。夕方から明らかに様子がおかしくなって、学校を出ていった先は知らないんだ」
「あーとね、完全に怪人化してー、なんか男女みたいな学生に半殺しにされてー、そんで別の星人に連れ去られたよ」
「――――ッ!?」
端的に事実を口にするロシュウに、絶句するトモヒト。
「でもさァ、確かに俺はセンセの好きにしていいよとは言ったよ。すげー言った。でもまさか自分じゃなくて他人にさ! それも将来はあっても罪はない中学生に改造薬を盛るなんてさ! いやいやいやセンセも人が悪いね! 花マル!」
それがおかしいとばかりに、ロシュウはたたみかけるように事実を陳列して爆笑する。
正面から図星を貫かれたトモヒトは、顔を真っ赤にしながらロシュウの襟首をつかみ上げた。
「話が違うだろうが……! あの薬を飲んだ奴は『怪人並に強くなる』って……怪人になるなんて聞いてねぇぞ!?」
「マジごめん! 俺もまぁまぁパチこいてたわ! でも一番やべーのはやっぱセンセじゃないかな! だって怪しいヤツからもらった怪しい薬なんてフツー使わんでしょ? 薬もらってもテキトーに捨てときゃ良かったんじゃないの?」
襟首を掴まれながらも、怖気づくことなく笑うロシュウ。
まるで飼い犬とじゃれているかのような楽観だった。
トモヒトが短気であればこの時点でそのにやけ面に拳を叩き込んでいてもおかしくはないが、そうしないのはロシュウの言葉も道理であるからにほかならない。
「それより俺は、なにがセンセにそこまでさせたのか知りたいけどね」
「…………ッ」
ロシュウから手を離し、トモヒトはカウンターで頭を抱えた。
己の愚行――その取り返しようのなさを悔いるように。
トモヒトは、ただ欲しかっただけである。
――『第二の刻ランセ』を。
「ロシュウさんよ……お、俺はこれからどうなる……? その、警察に捕まったりとか……」
「ないない。えーと、彫谷……なんとかちゃんだっけ? 怪人化した時点で身柄とか全部星間連盟が押さえちゃうから警察はまず介入できないよ。事情聴取されたとしてもセンセが改造薬を盛った事実まではたどり着けないでしょ。証拠ないんだし、シラを切り通せば問題ないって」
「そ、そうか……」
ロシュウの言葉に、すこしだけ胸をなでおろすトモヒト。
「……俺が心配なのは警察より星間連盟の方なんだけどね。アイツ等地球人に直接的な危害は加えないけど、危害にならない範囲でエグい手を使ってくるっていうしさァ」
「……?」
トモヒトに向けて……というより独り言のように言いながらロシュウはウイスキーをあおった。
「ところでセンセ。いきなり話は変わるけど、実はここ俺の店なんだ」
「……え? そうなの?」
その事実がすこし意外だったのか、トモヒトは顔を上げて
ロシュウの左拳が綺麗に、あっけなく入った。
ぱぎゅっ――と、トモヒトの首が半分以上回転する。
花を手折るよりもたやすく破壊される頚椎。
即死したトモヒトは、そのまま席から転げ落ちた。
「つまり――ここで起こったことはだいたいもみ消せるのさ」
ぷらぷらと左手を振るロシュウ。
単に汚れを落とすような――その程度の認識で、トモヒトの命の感触を払う。
「ま、枝を切っても時間稼ぎにしかならないんだけど……俺ってビビりだからさ、悪いね。センセ」
言いながら、ロシュウはロックグラスにウイスキーを注ぎ直す。
床に転がった酒の肴に、ようやく酒が美味くなると――薄氷のような笑みを浮かべながら。
[そらをたつ:終]
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