そらをたつ(3)

          ☆    †    ♪    ∞


 三葛みかずらフミカは、剣道があまり好きではなかった。

「女といえど自衛できる程度の強さを持て」――そんな両親が決めた方針によって、剣道を習わされ始めたのが小学一年生の頃。

 元々生真面目なたちで、言われたことはしっかりとこなしていたからか上達は早かった。

 しかし、フミカは鍛錬はまだしも試合には不向きだった。

 根が優しいせいか、勝利というものが相手が積み上げてきたものの否定であるように思えたのだ。試合に負けて悔しがるような相手だと、なおさら勝利がフミカの胸を締め付けるほどだった。


 勝利――ひいては強さに価値を見いだせない。

 競技者としては致命的であった。


 そんなフミカがランセの存在を知ったのは小学六年生の夏。


 全国大会で優勝した少女がフミカと同郷――父親からたあいのない世間話として聞かされ、軽い興味で動画を探した。

 剣道の大会などメディアは大きく扱わないものの、この時代では試合の動画など探せばすぐ見つかる。


 そうしてランセの試合を見たフミカは、衝撃を受けた。


 圧倒的な速度はやさ技術わざ。相手の心ごとへし折るような剣。

 ただただ作業のごとく冷徹に勝利を積み重ねる強さ。


 恐怖――と同時に、興味がわいた。


 この人はどうしてこれほどまでに強いのだろうか。

 この人はどうしてそこまで強くなったのか。


 この人にとって、強さとはなんだろうか。


 フミカに自覚はなかったが、それは憧憬どうけいだった。


 思い立ったらやることは早く、フミカは自宅の学区外にある朝吹中学校への区域外就学を両親に頼んだ。


 ランセの強さを知るために、すこしでも近づきたかったゆえに。


 だからこそ――強さとか別にそんなことはどうでもよくてただ単純にランセがカッコいいからお近づきになりたいがために剣道部に入部したというミーハー根性丸出しの彫谷ナオエについて、フミカはあまりいい感情を抱いていなかった。


 ――最初の頃は。




[四日後]

     [午後四時三六分]

             [朝吹中学校 体育館]


「キェェエエエエエエエエエエっっっ!!」


 充分に“気”が乗った号叫とともに、ナオエは連打を繰り出した。

 一秒間におよそ三打。それも猛然と駆け込みながら。


「~~~~~~っ!?」


 重機の突撃と見紛うほどの打勢に圧され、フミカはたまらず尻もちをついて倒れこんだ。


「あっ!? ご、ごめん三葛さん!」

「い、いえ……」


 ナオエが差し出した手につかまるフミカ。

 その内心には、驚愕と感服があった。


 追い込み稽古――剣道における稽古法の一種。掛かり手(打ち込む側)が元立ち(受ける側)に対し、ひたすらに駆け込みながら面、もしくは小手面を連打し続ける。

 前進する掛かり手も後退する元立ちも、互いに求められるのは全速。

 体を前に出すこと。それを第一とする稽古である。


(すごい……)


 息を切らしながら、フミカはナオエを見やった。

 あれだけの速度で駆け込み打ち込み続けたにもかかわらず、ナオエは息も切らしていない。平然としている。


 明らかに絶好調……否、それ以上を思わせる状態――フミカにはそう見えた。


 フミカとナオエは同級生であり、剣道部に入ったのも同時期である。

 しかし、フミカは剣道経験者であることに対してナオエは完全に初心者だった。

 しかも入部した動機がランセ目当てであると正直に言ってのける、清々しいまでの不純。

 フミカのみならず他の部員、そして剣道部顧問であるトモヒトも「これはすぐ辞めるな」と思った。


 が、ナオエは剣道を辞めなかった。


 厳しい練習に文句や不満を漏らしつつも、二年生の時には団体戦のメンバーにもなった。


 そこでようやく、フミカはナオエを見直したのである。

 ミーハーではなく、剣士として。


「いいぞ彫谷! その速さでしっかり打ち込め!」

「――はい!」


 笑顔でナオエを褒めるトモヒトに、ナオエの返事も弾んでいた。


「――三葛はとっとと立て! 元立ちが倒れちゃ練習にならねーぞ!」

「す、すいません……!」


 一転、厳しい言葉でフミカを叱咤するトモヒト。多少なり腰を打ってしまった痛みに耐えながら、フミカは立ち上がった。


「ご、ごめんね……やりすぎちゃった……」


 立ち上がったフミカに、ナオエは申し訳なさそうに声をかけた。


「ううん、大丈夫……それより彫谷さん、調子良いみたいね」


 トモヒトに怒鳴られた手前、声を潜めるフミカ。

 その言葉に、ナオエは防具越しでもわかるほど表情を明るくさせる。


「えへへ……なんかね、体が思い通りに動くの。自分でもビックリ」


 言いながら肩を回してみせるナオエ。その言葉が偽りではないことはフミカも身をもって体験していた。


 すこしだけ、

 ほんのすこしだけ――寒気がするほどに。

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