そらをたつ(4)

[同日]

           [午後八時九分]

[津雲市 朝吹二丁目公園]


 夕食を摂った後も、ナオエは近所の公園で竹刀を振るっていた。

 鍛錬とは、その内容と同等の休息もとるのが理想である。部活の練習もこなしたのだから本来は休息してもいいはずだが、ナオエの頭と体はそれを選ばなかった。


 竹刀を振るう度に、体が剣に順応していく。

          体と剣の境界線が薄れていく。

          体と剣がひとつになっていく。


 ナオエにとって、かつてない感覚だった。

 素振りひとつひとつが経験値となっていくような、たったそれだけで着実に強くなっているという実感。


 ナオエにはそれが嬉しかった。

 嬉しかったが、その一方でもうひとつ別の感情が膨れ上がっていく。


「――っ」


 型通りの素振りから、いきなり一瞬三閃。

 袈裟・切り上げ・水平真横――剣道の動きではなかったが、もしナオエが真剣を手にしていたら巻藁まきわらも四つに寸断したであろう鋭閃。


「……したいなぁ……」


 ふと、ナオエの唇から欲が漏れる。

 湧き上がる力は欲望によって指向され、その行き先はひとつ――己が力を遠慮なくぶつけられる相手。




「……刻先輩と……したいなぁ……」




 ナオエが知る中で、最も強い存在。


 その姿勢が、

 その速度はやさが、

 その技術わざが、ナオエの脳裏を埋め尽くす。


 好意に限りなく近い戦意と、

 愛情に限りなく近い劣情が、

 ナオエの素振りをより鋭くさせていった。

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