オマケシモ(4)

          ☆    †    ♪    ∞


             [二〇××年 四月某日]

  [午後七時一二分]

      [乙海家 マユナ自室]


 ウサギ耳が付いたラビットファージャケット。

 ウエストから股下の部分が風船のように膨らんだバルーンショーツに、白いストッキング。

 ふわふわの白ウサギを連想させる――小細工抜きの、かわいいコーディネート。


「………………――――――」


 しかし、それに身を包んでいるマユナは顔を真っ赤にして今にも悶死しかねないほどの恥辱に苛まれていた。


「ユーナ審査委員長。いかがでしょうか」

「おねぇちゃん、かわいい」


 そんなマユナとは反対に、楽しげにスマートフォンで写真を撮るサリナとユアナ。


「ヒィ…………ィィィイァアアァ…………!」


 恥辱のあまり、少女らしからぬうめき声とともに両手で顔を覆いながらその場にうずくまるマユナ。

 その様は弱点である日光にさらされ、消滅していく低級アンデッドさながらだった。


 ――なぜこんなことになったのか、発端は数日前にさかのぼる。


[数日前]

[午後六時二一分]

         [乙海家 リビング]


「いやーアマネちゃんとコマリンのかわいいこと! 写真フォルダの整理がタイヘンだこりゃ!」

「アマネちゃん、無闇にカメラ慣れしてたわね。あの子モデルでもやってたのかしら」


 アマネやランセを招いてのイツミコレクション終了後、リビングのソファに座ってたがいに撮影した写真を見せ合うマユナとサリナ。

 撮った写真は二人合わせて四〇〇枚を超えていた。


「……でもやっぱりユアナがナンバーワンやで! まさにかわいいのパウンドフォーパウンドや!」


 ここぞとユアナを持ち上げるマユナであったが、


「…………」


 夕飯の支度を始めていたユアナの顔つきは、どこか納得いかないというか、不満げだった。


「……ユアナ殿? い、いかがなされた?」


 いきなり慎重に、神妙な面持ちでユアナの顔色をうかがうマユナ。

 ユアナが不満そうな顔をしている時は――だいたい自分が原因であることをマユナはよく知っていた。

 ちら、と横目ですこしだけマユナを見やるユアナ。


「……おねぇちゃんばっかり、ずるい」


 ねていながらも、そのひねくれ具合もおとなしかった。


「……つまり?」

「アンタもかわいい服着ろってことでしょ。いつもアンタだけ楽しんでるんだから」

「はァァァ!? ママだってお姉ちゃんといっしょにマシンガンを連射しまくるランボーばりに写真撮ってたじゃないのさ!」


 自然そうに見せかけて大分雑に自分を棚に上げるサリナにすかさず反論するマユナ。

 しかし次の瞬間、一片の反論も許さぬとばかりにサリナは早くも武力を行使した。

 左腕一本でマユナの頭を胸元へと抱えこみ、そのままこめかみを締め上げる――シンプルなサイド・ヘッドロック。


「聞こえないわね」

「アーーーーー!! 今のママがイチバンイカしてるーーーーーっ!!」


 キリキリと締め上げられ、たまらずぺしぺしとタップするマユナ。

 基本技とはいえプロレスラーが使えば充分凶器にもなるヘッドロックだが、実際のところサリナの腕力は大したことがないので見た目ほどダメージがあるわけではない。

 それでもマユナが早々に降参タップするのは、乙海家における家庭内ヒエラルキーがサリナより下(乙海家最下位)であることと――「まぁママだから仕方ないか」という優しい諦めによるものである。


「……アンタもたまにはかわいい服着たらいいじゃない」

「うぐ……うぅ……」


 サリナのヘッドロックから解放されるも、マユナの顔は晴れない。

 それどころか、


「…………ユアナ大権現! どうか……どうかそれだけは勘弁してくだされ! お姉ちゃんはっ……お姉ちゃんはかわいい服がニガテなんだよォォォォォっ!!」


 ずざーと見事なスライディング土下座を決めながら、マユナはユアナに全力で懇願した。


 マユナはかわいい服が苦手である。


 学校の制服であるスカートですらあまり好きではない。

 私服はもっぱら機能性に優れた、動きやすいスポーティなものばかり。レースやらリボンやらファーがあしらわれた、ひらひらしていたりふわふわしている服など一着も持っていない。


 ユアナが生まれてから――マユナは自分に対して「かわいい」という自己肯定ができなくなった。


 ユアナが隣にいる時は、どこに行ってもかわいいと先に褒められるのはマユナではなくユアナである。

 その事実に対しマユナの中に嫉妬といった暗い感情など一片もない。

 むしろ妹が褒められ愛でられることは、自分のことのように嬉しく思えるほどである。


 ユアナがかわいければいい。

 ユアナじゃなくても自分以外の誰かがかわいければいい。

 たとえ自分はゴリラでも、それでいい。それがいい――


 妹を愛するほどマユナは自分を愛することを忘れていった。


 だが――


「……おねぇちゃん、かわいいのに」


 ――ユアナは、自分をかわいがってくれるマユナこそが誰よりもかわいいと本気で思っている。


「ウェーーーーー!? ななななに言っとるんだチミは! だってっ、お姉ちゃんがかわいい服着たってお姉ちゃん結局のトコロゴリラだし! ゴリラがおめかししたってやっぱりゴリラである非情な現実は動かしようも揺るぎようも」

「うるさいわよマユ」

「ウホーーーーー!! りきが入ってるーーーーーっっっ!!」


 顔を真っ赤にしながらわめくマユナを黙らせるため、フロントネックロックで再びマユナを締め上げるサリナ。

 やはり見た目ほどきつく締め上げているわけではない。


「アンタ自己評価低すぎでしょ。そこまで来ると、もはやママとゴリラに対する侮辱だわ。謝りなさい。主にゴリラに謝りなさい」

「す、すまねぇ……世界中のゴリラ達……お姉ちゃん、ちょっと卑下しすぎたウホ……」


 正座して、心の底から世界中のゴリラに謝罪するマユナ。

 ゴリラは寛大である。マユナの罪もゆるしてくれるであろう。


「っていうかマユ。我が家の上位階級であるユーナ様がそれを望んだ時点で最下級のアンタに拒否権はないわ。服はママが見繕っておくから」

「しょ、正気かよママ! 再考の余地すらないというのかっ!?」


 話はもう決まったといったていで、ソファに座り直すサリナ。それに泣きつくマユナであったが、


「――ママもかわいい服を着たアンタが見たいからよ」


 もうこの場にマユナの味方は一人もいなかった。


          ☆    †    ♪    ∞


「うぅぅ……よりによってこの前ユアナが着たヤツとほとんど同じデザインの服を用意するなんて……鬼や……ママは鬼や……!」

「あら、似合ってるわよ」

「ヒィィィィ………………!」


 サリナから褒められてもなお低級アンデッドのようにうめくマユナ。

 露出が多かったり妙なデザインの服ではないにもかかわらず、マユナにとってはもはや拷問と紙一重だった。


「おねぇちゃん……そんなに恥ずかしいの?」


 せっかくの姉の撮影会である。ユアナとしてはできれば笑顔が欲しいところではあったが――マユナは依然として低級アンデッドのまま。


「カラダガ……トケル……ヨウダ……」


 そして瀕死だった。

 さすがに大げさすぎるのでは――とユアナは考えたが、そこで同時にはたと気付く。

 さすがにここまでとはいかないが、自分もかわいい服を着て見られる側に立てば多少なりとも恥ずかしいという感情はあったのだ。

 つまりマユナとはお互い様である。その上で笑顔を求めるなど、やや酷というものではないのか。


「……わかった。ちょっと待っててね」


 ふんす、となにか意を決したのか、足早にマユナの部屋を出ていくユアナ。

 マユナとサリナは二人してユアナがなにをするつもりなのか見当もつかなかったが――およそ一〇分後。


 ――もう一匹、かわいい白ウサギが現れた。


 マユナが着ているコーディネートとほぼ同じものに、ユアナも着替えたのである。


「ほら、おねぇちゃん……おそろい」


 だからそんなに恥ずかしがらないで――と、言外に匂わせるユアナ。


「……………………」


 その意図を明確に汲み取り、マユナは沈黙した。


「……おねぇちゃん?」

「……やっぱりユアナがナンバーワンや!」


 感極まり、ユアナを抱きしめるマユナ。

 ユアナがかわいいのはだと改めて認識する。


「……アンタ達、ホント仲良いわね」


 そんな姉妹を、母は嬉しそうに微笑みながら写真に収めた。


                     [オマケシモ(4):終]

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