お姉ちゃん家においでよ(4)

 

             [午後六時五分]

[乙海家 玄関]


「……すまんな。土産までもらって」

「いいのよ。モデル代だと思って持っていきなさい」


 やや遠慮がちに礼を言うアマネに、パイポを吸いながら応えるサリナ。

 アマネとコマリには紙袋が持たされていた。中身は先ほどイツミコレクションで着ていた服である。


「……ただ、それ着て表出ちゃダメよ? 性癖こじらせた大人が寄ってきそうだから」

「むう……ダメか」

「ダメよ。お家の中だけにしときなさい。ただでさえアンタかわいいし、目立つしね」


 例の黒ネココーデを外着にしようと思っていたアマネに、サリナは念を押すように釘を刺す。

 アマネ自身は良くても、あの服装では大なり小なり周囲に悪影響を及ぼすのはサリナの目から見て明らかだった。


「今度ウチで遊ぶ時は、ユアナにおやつ作ってもらおっか。是非食べていただきたい!」


 ユアナを抱き寄せながら、本人でもないのに得意気になるマユナ。ユアナは頬を赤くしながら小さくうなずく。

 かわいい上におやつまで作れる――その事実に、アマネは戦慄した。


「……そんなに美味いのか?」

「身内びいき抜きにしても充分すぎるウデマエだよ?」


 マユナに言われ、アマネはぎぎぎと首を軋ませながらゆっくりとユアナに視線を移す。


「…………いいだろう…………受けて立つ…………!」

「……!?」

「……無闇にユアナを怖がらせるな」

「へぎゅ」


 殺気をむき出しにしてユアナを牽制するアマネだったが、それを見かねたランセに軽く頬をつねられたせいで殺気は一瞬で霧消した。


「……すいません長々と。オレ達はこの辺で――」

「――ちょっと待って。ママ、最後にひとつだけアマネちゃんに聞いておきたいんだけど」


 暇を切り出そうとしたランセをさえぎり、サリナが口をはさむ。

 気だるげではあったが――その眼は、白刃のような光が灯っていた。


「……マユから聞いたわ。アンタって怪人や星人のトラブル対処を請け負ってるんでしょ? それなら――ウチの子を危ないことに付き合わせたりしてないわよね?」


 その場の空気が一言で凍りつく。

 それは間違いなく、子を守ろうとする親の言葉だった。

 以前、怪人をおびき寄せる囮をマユナが買って出た時――その時からサリナはマユナを心配していた。

 夜遅くに家を出るなどそれまで全くしたことがなかったマユナに、「どこへ行くのか」と聞いてみれば、


『――ちょっと、人助け』


 それだけ言って家を出ていくマユナを、サリナは見送るしかなかった。マユナもそれ以上なにも言えなかった。

 マユナが嘘をつけないことは、サリナは良く知っている。

 同時に――家族を心配させるようなことは黙ってしまうことも良く知っている。

 マユナが『人助け』と言ったのならそれは正しい。

 しかし、それが厄介で危険な案件であることも容易に想像できた。

 であれば――マユナをそんなことに巻き込んだのは誰なのか。

 女の勘か、それとも母の勘と呼ぶべきか、サリナは最短最速で核心に切り込んだ。


「や、あのっ、ママ、それは――」


 瞬時に「まずい」と直感して口を開こうとするマユナ。

 それよりも早く、


「――ああ。


 アマネは責任を負った。

 マユナをかばうための嘘をついたわけではない。

 それが己の義務であると、紅玉のような瞳が真っ直ぐにサリナを見据えた。


「……そう。アンタはそういう子なのね」


 言いながら、サリナはパイポを吸った。

 諦観、というより安堵。凍りついた空気が弛緩する。

 マユナも小さく一息ついた。


「……マユが結構ガンコでワガママなのはママも知ってるわ。だからアマネちゃんだけのせいじゃないっていうのも解ってるつもりよ」

「私がマユナを危険に晒した事実は変わらん」

「そうね。そこまで解ってるなら――マユのこと、よろしく頼むわ。この子、割とあっさり自分を捨てちゃうから」

「――了承した」


 そこで初めて、サリナは微笑んだ。

 優しく、そしてどこか笑みだった。

 言って、サリナはアマネからランセへ視線を移す。


「……ランセちゃんも、お願いね」

「……


 サリナの言葉に小さくうなずくランセ。

 静かで、重々しい返答だった。


「――またいらっしゃい」

「じゃね、みんな。またあした」

「えと……お気をつけて」


 三人そろって別れを告げる乙海一家。

 それに対し、アマネは微笑みながら応えた。


「うむ――では、失礼する」

「……失礼します」

「――お邪魔しました」


 アマネに続き、コマリ、ランセも乙海家を出る。

 曇り空のためか外はもう暗かったが、雨は止んでいた。


「――ランセ」

「……なんだよ」


 歩きながら、アマネはランセを呼んだ。


「……いい家族だったな。マユナがあそこまで明るい理由が、すこし解った気がする」

「……そうか」


 穏やかに語るアマネに対し、ランセの返事はそっけない。

 が、珍しく――アマネの言葉を否定するものではなかった。


 ふと、すこしだけ後を振り返るランセ。


 夕闇の中、街頭の光に照らされる乙海家。

 その光量は道路を辛うじて照らす程度――ではあるが、

 ランセの眼には、乙海家が他の家よりもすこしだけ明るく見えていた。


                [お姉ちゃん家においでよ:おわり]

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