お姉ちゃん家においでよ(3)

  [午後五時三分]

[乙海家 マユナ自室]


「地上最かわいい女の子を見たいかーーーっ!!」

「なに言ってるんだお前」

「お姉ちゃんもじゃ! お姉ちゃんもじゃみんな!」

「みんなって誰だ」


 カラオケマイク――を模したラムネ菓子の容器をさも本物っぽく扱い、なぜか一人で感涙しながら勝手に盛り上がるマユナに対し、ランセはいつも通り冷淡だった。

 マユナの自室は広さにして六畳ほど。主に置いてある家具はテレビ、本棚、ベッド、折りたたみ可能なローテーブルと比較的すくなく、散らかってはいない。

 少女の部屋といえば確かにそうなのだろうが、本棚に収められている数々の格闘/音楽ゲームと少年漫画……特に全巻がそろっている『グラップラー刃牙(完全版)』の存在が「少女の部屋……?」と見る者の首をかしげさせるほどの違和感をたれ流していた。


「ランセちゃんには言ってなかったけど、ママのお仕事は子供服のデザイナーなのだ!」

「へー」

「それゆえに! 試作品とか資料とかでちっちゃい子向けのかわいい服をたくさん持ってるワケで! こうして時たま――だいたいママとお姉ちゃんの気分で出演者ユアナオンリーのお家ファッションショーを執り行うのだ! それがイツミコレクションである!」

「……ユアナも大変だな」


 小さく溜息をつくランセ。予想通りしょうもないことだった。

 しょうもないことだが――それは親子の仲がよくなければできないことでもあると理解もした。

 そこで、マユナの部屋の引き戸がからりと開いた。


「……お待たせ。準備できたわよ」


 パイポを吸いながら部屋に入るサリナ。

 ユアナによってひかえめに注意されたため、今はネグリジェ一枚ではなく着崩したワイシャツにスキニージーンズと、ラフではあるがようやく人前に出れる服装になっていた。


「おお……整いましたか!?」


 ビシィ、と謎のポーズを決めながら問うマユナに対し、


「整ったわね」


 バビシ、と似たようなポーズを決めながら答えるサリナ。

 ランセは二人のやり取りを見ながら「親子だなー」とのんびりとした感想を抱いた。


「それでは早速参りましょう! エントリーナンバー1番! そのかわいさは侵略者級! 宇宙からやってきたかわいい刺客がイツミコレクションに初参戦だ! 陽村ァァァァァアマァァァァァネェェェェェっ!!」


 ファッションショーというより完全に格闘技イベントの選手紹介じみた口上とともに、部屋の引き戸をガラッと勢いよく開けるマユナ。


 そこに、黒い子猫が姿を現した。


 黒いネコ耳が付いたフード付きパーカーに、同じく黒で揃えられたエナメル系のチューブトップにホットパンツ。

 黒い衣装一式にアマネの白い肌がよく映えている……といえば聞こえはいいがチューブトップとホットパンツはどちらも丈が短く、それによってうっすらと肌に浮いた肋骨からまろやかにくびれたウエスト、細い生脚まで惜しげもなく露出しており、国によってはもはや犯罪扱いになりかねないコーディネート。


「――私のかわいさにひれ伏すがいいにゃん」

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 きゅっ、と前かがみのポーズを決めながら小悪魔のような挑発的微笑を浮かべるアマネに、マユナは黄色い断末魔を上げながらスマートフォンでアマネを連写した。


「マ、ママ審査員……! これはどういったコンセプトで……!?」

「ユーナが絶対に着てくれなさそうなものを着せてみたわ」

「っかーーー! ママさすがっすわーーーーー!」


 浅すぎるにもほどがある理由だったが、似合っているかそうでないかでいえばアマネという素材自体は一級であるため似合っているのは間違いない。マユナほどのテンションではないものの、サリナも自分のスマートフォンでアマネを連写していた。


「どうだランセ。かわいいだろう。ちゃんと尻尾も付いてるのだぞ」


 アマネ本人も当のコーディネートが気に入ってしまったのか、パーカーに付いた尻尾を自慢気に見せる。

 露出が多いため物心ついた少女がこの服を着るには相応の勇気が要求されるだろうが、自分の容姿に謎の自信を持っているアマネには一片の恥じらいもない。その胆力もアマネのかわいさを成す一つの要素である。

 だが、ランセの左目は冷たいままだった。


「――品が無い」


 ランセの鉄槌じみた一言で、アマネは生気を失った顔でごしゃりとその場に膝から崩れ落ちた。


「辛辣ぅぅぅぅぅぅぅっ!! 残念ながらランセちゃんの趣味には合わなかったようです!」

「……ママ、ちょっとショックだわ」

「コーディネートしたママにも流れ弾だぁぁぁぁぁぁっ!」


 アマネばかりかサリナにもダメージが入る始末。

 辛辣な評価にアマネは憮然としながら、ぽすっとマユナに背を預けながら椅子に座るかのように腰を下ろす。


「むう……この服でもかわいくないのか」

「あー、かわいいはかわいいけど、かわいやらしいというか……お姉ちゃんは好きですけども!」


 ややむくれるアマネをなぐさめるように、でへーと頬をゆるませながらネコ耳フードをなでるマユナ。

 接触禁止令はもううやむやになっていた。


「……そろそろ次に参りましょう! エントリーナンバー2番! ご主人様もかわいいけど侍従だって負けてないぞ! なにげにウチのクラスの男子から密かに人気を集めてる沈黙のプリティ不沈艦! 遠見ィィィィィコマリィィィィィっ!!」


 片腕でアマネを抱き上げながら、再び引き戸を開けるマユナ。

 しかし――そこにコマリの姿はなかった。


「……アマネちゃん。コマリン呼んでおくれ」


 しょんぼりしながらマユナはアマネに頼んだ。

 コマリはアマネかランセの言うことしか聞かない――マユナ自身解っているつもりだったが、未だコマリが心を開いてくれないという事実はマユナにとってつめたく、さびしいものであった。


「うむ……来い! コマリ!」


 がっ、と握り拳を力強く掲げるアマネ。

 妙に格好を付けた号令であったが、呼ばれたコマリは別段急いだ様子もなく泰然とその場に出てきた。


「――お呼びですか。首領」


 一言で表すならば、それはタヌキだった。

 全身を包み込む着ぐるみタイプのパジャマ。ボア生地をふんだんに使っており、見るからに手触りが良さそうな毛並み――あえて例えるならばと呼ぶべきモノがあふれ出ている。

 そして着ぐるみであるためアマネほど露出はしていない――わけではなく、胸からヘソあたりまでファスナーが下りているせいかある意味アマネよりも強烈に見る者の視線を誘導してしまう露出。

 特に、その小柄な体には不自然とすら言えるほど大ぶりに実った胸は、パジャマに合わせてボア生地が使われたブラジャーに包まれていた。


「――いぃぃらっしゃいませぽんぽこぽーーーーーーーん!!」


 お好み焼きのチェーン店『道とん堀』の店員にでもなれそうな威勢のいい挨拶とともにコマリをスマートフォンで連写するマユナ。


「コーディネートしたママが言うのもアレだけど、アンタ思った以上にいやらしいわね。大分いやらしいわ」


 もはやかわいいよりもいやらしいものが見たかったことを自白したに等しいサリナも、マユナと並んでコマリを連写する。


「ささ、審査員のランセちゃんもコメントを是非!」

「ん? あー……」


 興奮気味にランセをうながすマユナだが、ランセは気の毒そうに顔をしかめた。


「遠見……嫌だったら嫌だって言っていいんだぞ?」

憐憫れんびんんんんんんんんっ!! 残念ながらランセちゃんには罰ゲーム的なモノにしか見えなかったようです!」

「――ママもそう思うわ」

「ママ! コマリンが無抵抗だからってその辺ぶっちゃけないで!」


 メガネを光らせるサリナに対し容赦なくツッコむマユナ。

 罰ゲームでもなければ着ないであろう恥ずかしいコーディネートをコマリに着せたのは間違いなくサリナであり、そうと知りながらそれをやってのけたのはもはや鬼の所業であった。


「――さて! イツミコレクションもいよいよ大詰めだ! エントリーナンバー3番! この子なくしてイツミコレクションは始まらない! 我が家の天使! かわいいオブかわいい! 乙海ィィィィィユアァァァァァナァァァァァっ!!」


 満を持してか、より一層高いテンションで叫びながらマユナは引き戸を開けた。

 ――が、コマリの時と同じくそこにユアナの姿はない。


「……っあー、サーセンユアナさん! 出番ス! あのっ、時間コレっ、押してるんで! 時間コレが! ランセちゃんも待ってるんで!」


 巻いてもいない腕時計を指し示すかのようなジェスチャーを交え、どことなくテレビマン風の口調で別室に居るユアナに呼びかけるマユナ。

 ちなみにイツミコレクションに進行スケジュールといった段取りや時間の概念はほとんどない。


「……………………」


 マユナの呼びかけにようやく応えてか――なんとも恥ずかしそうに、白いウサギが皆の前に姿を現した。


 黒で統一されたアマネのコーディネートとは対照的に、白一色。

 ウサギ耳が付いたラビットファージャケットに、ウエストから股下の部分が風船のように膨らんだバルーンショーツ。

 ファーの量はコマリの着ぐるみパジャマほどではなく、着る者のシルエットを大きく崩さない程度――もふもふというよりはふわふわというべきか、ほどよい柔らかさを感じさせる。

 ボトムスはショーツだが白いストッキングを履いているため露出もほとんどなく、ユアナ自身のおとなしさを的確かつ前面に出した――非常に直球なコーディネートであった。


発射ファイアァァァァァァァァァァァァァァァっ!!」


 マユナのスマートフォンからフラッシュとシャッター音が怒涛のごとく連続する。それは撮影というより重機関銃の掃射。生死を賭けた戦場を駆ける兵士の姿だった。

 サリナは無表情のままだが連写の勢いはマユナに劣らない。その姿は敵兵を徹底殲滅するジョン・ランボーを彷彿とさせる。


 完全に姉バカと親バカであった。


「………………」


 ランセは、ただ静かにじっとユアナを見つめていた。


「――あ、あの、ランセさん、どう、ですか……? ヘンじゃ、ないですか……?」


 おずおずとランセにたずねるユアナ。

 ユアナは元々イツミコレクションがあまり好きではない――厳密には、なにが楽しいのか解らない。自己顕示欲がほとんどないゆえか、やりがいや目的といったものを見いだせないでいた。

 ただ、マユナとサリナがえらい喜ぶので仕方なく応じていた――それだけの話だったのだが、今回は違う。


 ランセがいる。


 もし、ランセが喜んでくれるのなら――と、ささやかではあるが初めて目的意識をもってユアナは今回のイツミコレクションに臨んだ。

 その結果は、


「………………」


 無言のまま、ランセは静かにカシャリと一枚だけ自分の携帯電話でユアナを撮影した。


「優勝ぉぉぉぉぉぉぉっ!! 人の写真なんてまったく撮らないランセちゃんが! よもや! まさか! これはランセちゃん史上初の事件ではないでしょうか!」

「だって、かわいいし」

「素直!」


 表情からは一切読み取れないものの、どことなく満足そうなランセに胸をなでおろすユアナ。

 アマネやコマリがかわいくない――ということではない。

 ランセの趣味嗜好ツボを完全に押さえ、心の琴線をわしづかみにできるのがこの場ではユアナしかいない……というだけの話である。

 その一方で、アマネは突然ごふっと口端から鮮血を漏らした。


「ア、アマネちゃん!? どしたのいきなり!」


 突然の事態に動転するマユナを手で制するアマネ。


「………………心が折れなければ、敗北ではない」

「……なにと戦ってるんだお前」

「……こんなに追い詰められたアマネちゃん初めて見た」


 ただ単に自分とユアナとでランセの反応が違ったことが悔しくて血を吐いただけだった。


「よーしここからはフリー撮影会だ! 三人ともお姉ちゃんのベッドに座って座って! 集合写真撮りたい!」


 アマネの吐血が大したことではないと解り、すぐさま気を取り直すマユナ。自分のベッドにアマネ、コマリ、ユアナを並んで座らせる。

 左から順に、ネコ、タヌキ、ウサギ。

 三匹のかわいいどうぶつが集合した。


「…………」


 その様をスマートフォンのカメラに収めたマユナは、瞬間――ぶわっと涙を流し始めた。昂ぶった感情がせきを切ったかのような感涙。


「……なんだ、いきなりどうした」


 その涙に気付き、怪訝そうな顔でマユナにたずねるランセ。


「…………今……わかった…………ここがっ…………お姉ちゃんの……人生のピークっ…………!」


 ガチ泣きだった。

 予想以上にどうでもいい涙に、ランセは嘆息する。


「……お前この先の人生どうするんだ」

「ママも心配だわ」


『人生100年時代』と提唱されるほど人間の平均寿命が長期化した現代において、マユナが一〇〇歳まで生きると仮定した場合、今マユナの人生は全体の一〇分の一をやっと消化したあたり。

 言うなればまだ山のふもと。人生という山をようやく登りはじめるというところで――マユナは

 親であるサリナが心配になってしまうのも当然である。

 が、


「どうしたマユナ。撮らないのか?」

「いやっ……だいじょーぶ! もう、めちゃくちゃ撮るから!」


 涙をぬぐいながら、マユナは笑った。

 見る者の胸中をも温めそうな、明るく、幸せな笑顔。

 それを幸せと呼ぶにはありふれているかもしれない。

 ささやかかもしれないし、人によってはどうでもいいかもしれない。


 それでも、それこそが、マユナにとっては大切な幸せの形。


(……大げさな奴)


 そんなマユナを見るランセの眼は、自覚はなかったが――優しい眼差しだった。




 ――およそ三〇分間、このあとめちゃくちゃ撮影した。

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