お姉ちゃん家においでよ(2)
[午後四時四六分]
[津雲市 朝吹一丁目]
春日峰高校から徒歩二〇分あまり。
今から三年ほど前に区画整理を終え、車両による交通の便と景観が改善された住宅街。
その一角に、乙海家はあった。
三〇坪三階建て。決して大きくはないが、デザイナーが設計した白を基調としたシンプルな外観は家の明るさと高級感をかもし出していた。
「ふむ……良い家ではないか」
「えっへへー。ランセちゃん家ほどじゃないけどね」
素直に感嘆するアマネにすこしはにかみながら、マユナは玄関のドアを開けた。
「ささ、入りたまえ」
「うむ。邪魔するぞ」
「……お邪魔します」
マユナに招き入れられ、アマネやランセがそれに続く。
「――たっでーーーまーーー!」
「た、ただいま……」
いきなり、玄関で威勢よく「ただいま」の声を上げるマユナ。それに押されてか、ユアナは控えめだった。
インターホンも必要ない声量ゆえか、ほどなく二階に続く階段から一人の女が降りてきた。
「……おかえり」
滝のようなボリュームであるにも関わらず艶のある長い黒髪。
マユナ以上に主張が激しく、かつ年齢を感じさせない肢体を包むのは黒いシルクのネグリジェたった一枚。あらゆる意味で人前に出るべき姿ではない。
銀のオーバルフレームメガネをかけた面はマユナとの血筋を感じさせるが、そのアンニュイな顔つきはマユナにはない色気があった。
――乙海サリナ。マユナとユアナの母である。
「……あら」
サリナの目に、アマネの姿が留まる。
そこから平然とアマネに歩み寄り、なんの躊躇もなくぎゅむーと抱きしめた。
「……マユ。このかわいいのどこでさらってきたの? いい加減にしないと、ママも警察からかばいきれないわよ?」
「ひどい」
サリナの笑えない冗談に、しょんぼりと顔をしおれさせるマユナ。
「うむ……マユナはどうも遠慮を知らないと思っていたが、母親似だったか」
「あら、言ってくれるじゃない」
言いながら、サリナはアマネから体を離した。
「改めまして、ウチのママです!」
「……ママよ。アマネちゃんとコマリンははじめまして、ね」
マユナに紹介され、どこから取り出したのかリラックスパイポを一本口にくわえるサリナ。マユナとは対照的にどこまでも気だるげだった。
「む……私達のことはマユナから聞いていたのか?」
「そうね。マユったら、アンタ達の写真を見せてどちゃくそ自慢してきたから。知ってはいたわよ」
「そうか……ならば話は早い。改めて、陽村アマネだ。マユナにはよく尽くしてもらってる」
「……遠見、コマリです」
「ご丁寧にどうも」
そろって名乗るアマネとコマリに、パイポを吸いながら返すサリナ。
そっけない対応にしか見えないがアマネにとって拒絶感はない。すぐさま自身を抱きしめてきたあたり、根本的な部分はマユナとそう変わらないのでは――とすでに見込んでいたからだ。
「ランセちゃんは――ちょっと見ないうちにまたカッコよくなったわね。ママがあと二〇歳若かったら結構ヤバかったわ」
「……どうも」
「でもダメよ。ママにはユウホさんがいるから」
「……そうですか」
ランセは、マユナとはまた違うサリナの独特なノリがいまだにやや苦手だった。
ちなみに「ユウホさん」とはサリナの夫であり、マユナとユアナの父である。
「……で、マユ。こんな大勢連れてきて、なにするの? キャットファイトトーナメント?」
「うむ。私も興味本位でここまで来たが、目的を聞いてないぞ」
マユナにサリナとアマネの視線が注がれる。それを受けてマユナは「よくぞ聞いた」と言わんばかりに胸を張った。
「それはね、アマネちゃんとコマリンをママに紹介したかったから……っていうのは二番目で、一番は――ママ! ここでイツミコレクションの緊急開催を要請したいっ!」
くわわっ、といきなり妙に真剣な顔つきでサリナに謎の要請を口走るマユナ。アマネとランセにはなんのことなのかミリも理解できなかったが、サリナは全てを理解したかのようにパイポを静かに吸った。
「なるほど……そうね。アンタが下心もなしにこんなマネするはずないものね」
「そんなことないでゲスよゲヒヒ」
小悪党のような言葉通り下卑た笑みを浮かべるマユナに、アマネとランセは多分これからしょうもないことを始めるのだろうとなんとなく理解した。
「――アマネちゃんとコマリン、それとユーナはついて来なさい。かわいく着飾ってもらうわよ」
「む……?」
「…………」
「え……わたしも……?」
サリナの言葉に一番困惑したのは、アマネでもコマリでもなく娘であるユアナだった。
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