オマケシモ(3)

          ☆    †    ♪    ∞


[二〇××年 四月某日]

  [午後一時一八分]

              [公立春日峰高校 一年一組教室]


 昼休みもなかばを過ぎたあたり、一年一組の教室では二人の少女が再び火花を散らしていた。


「おいしさ、思いやり、いつも一緒に――ブルボン」


 椅子に座り、優雅に細い脚を組むのは陽村ひむらアマネ。

 赤い髪に紅い瞳の異星人。親日家。

 そして――ブルボンの製菓をこよなく愛する。


「おいしく、たのしく、すこやかに――森永」


 対するは、どこから調達してきたのか新品のゴミ袋を加工してマントのように羽織り、なぜか顔がすこし黒く汚れている乙海いつみマユナ。

 さながら反乱軍か革命軍といった、反体制の戦士を思わせる姿。

 森永製菓のフォロワー歴――十年超。


 ともに異なる最強を信じる者があいまみえた時、激突は避けられない。

 愚かで無意味と言われようとも、競わずにはいられない。


 どちらのおやつがおいしいのか――戦いの幕が上がった。


「――先手はくれてやる。見せてみろ。お前の最高を」


 小さな胸を反らしながら、マユナを見下すように微笑むアマネ。その微笑の裏には絶対的な自信があった。


「いいだろう……」


 自分のスクールバッグから、ずるりとデフォルメされたかわいい猫の刺繍ステッチが入ったすこし大きめの巾着袋――妹が作ってくれたおやつ袋を取り出すマユナ。


「――これが、お姉ちゃんの最高のおやつだ!」


 おやつ袋から解き放たれた伝家の宝刀が、アマネの机に姿を現した。


 ――森永製菓『ムーンライト』


 青いパッケージに描かれた優しい黄金色のクッキーはまさに夜空を照らす円月。「ふんわりまろやかな卵の味わい」とパッケージに記されている通り、チョコチップなどといった混ぜものは一切入ってない非常にシンプルなクッキー。

 発売から五〇周年を超える歴戦の戦士おやつである。


「さあお食べ」

「うむ」


 マユナにうながされ、パッケージを開けて個包装の一つをていねいに破くアマネ。

 薄紅色の唇が、さくりと円月をんだ。


「――――――美味」


 満足げな微笑を浮かべるアマネに、なぜだか周囲の生徒も「おお……」と感嘆の息を漏らす。


「素朴を極めたような味だな。しかしそれゆえに一切の無駄がなく、普遍的な説得力がある。王道を往く純粋――なるほど、お前らしい」

「ふふん。これぞシンプルイズベストだよアマネちゃん。そうそう、もう一箱買っといたからみんなもお食べ」


 おやつ袋からもう一箱ムーンライトを取り出し、男子女子問わず周りの生徒に個包装を配るマユナ。

「おいしい」「確かにうまい」「やさしい」など、周りの生徒にもムーンライトは好評だった。


「……相手にとって不足なし。いや――むしろそうでなくては、我が無敵艦隊の前に立つことは許されん」


 アマネの紅い瞳がぎらりと眼光を放つ。

 今度はこちらの番だと冷然たる殺気をもって語る。

 そのアマネの本気に、マユナは身構えた。


「――平伏せよ」


 すでに戦力おやつを用意していたコマリから物を受け取り、アマネは静かに、しかし力強く自分の机に至高の一品を置いた。


 ――ブルボン『アルフォート』(ミニチョコレート)


 奇しくも、ムーンライトと同じく青いパッケージ。

 全粒粉ビスケットと帆船のレリーフが成型されたチョコレートを組み合わせた菓子で、チョコの種類が異なるバリエーションも存在する。

 オリジナルの発売から二〇周年を超える、ブルボン主力製菓の一つ。


「食べるがいい」

「うん」


 アマネにうながされ、パッケージと内袋を開けてアルフォートを一つ取り出すマユナ。

 桜色の唇が、ぱくりと帆船を食んだ。


「――――――おいしい」


 ざくざくと咀嚼してから、マユナは冷静にうなずいた。


「ミルクチョコとビスケットの味もさることながら、お姉ちゃん的には歯触りのいい食感を推したいね。噛んでて気持ちいいもん」

「うむ。それと私はこの帆船の彫刻も好きだ。菓子でありながら芸術品のような威厳すら感じられる……コマリ。皆にも配ってやれ」


 アマネに言われ、アルフォートのファミリーサイズを持ち出して周りの生徒に個包装を配るコマリ。

「おいしい」「こっちもうまい」「つよい」など、アルフォートもムーンライトに劣らず好評だった。


「……で、結局どっちが上なんだよ。一応勝負なんだろ、これ」


 そこで初めて、アマネとマユナのよくわからないノリを冷めた目でずっと眺めていたジャージ姿の少女・きざみランセが口を挟む。


 言われて、互いに視線を交錯させるアマネとマユナ。


「「………………」」


 一触即発――と思いきや。

 無言のまま、二人はがっしと固い握手を交わした。


 おやつはおやつ。どちらもおいしければそれでいい。

 ぶっちゃけ、競う必要など最初からなかった。


「ランセちゃんも食べる? おいしいよ」

「うむ。おいしいぞ」

「……オレは甘いのは苦手だ」


 さくさくもぐもぐと互いに持ち寄ったおやつを幸せそうに食べるアマネとマユナから視線を外して、うんざりとしながらランセはつぶやいた。


                     [オマケシモ(3):終]

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