オマケシモ(2)
☆ † ♪ ∞
[二〇××年 四月某日]
[午前八時二八分]
[公立春日峰高校 一年一組教室]
「――それでね、今度はテルミット反応の爆発で防弾ガラスを壊そうとしたんだけど、結局壊れなかったんだよ! 最近の防弾ガラスってすごいんだねー。お姉ちゃんのお家にも欲しいって思っちゃった」
「なんの備えだ、それ」
「対・下着ドロ」
「……下着ドロと銃撃戦でもやるつもりかお前は」
昨日見たテレビ番組を語るマユナに、けだるげにツッコむランセ。適当に聞き流しているように見えて、なぜだかポイントは外さなかった。
そこに、アマネとコマリが教室に入ってくる。
「――今日も早いな。お前達」
「あっ、アマネちゃんとコマリンおはよー!」
マユナは早速アマネに駆け寄り、ひょいと抱き上げる。
「ヴォーーー! アマネちゃん今日もかわいい!」
「なにを言う。私は
早くもテンションが振り切れたか妙に野太い雄叫びを上げるマユナに対し、ドヤ顔をキメるアマネ。
気安いにもほどがあるが、アマネは満足そうだった。
「コマリンも負けず劣らずかわいい!」
「…………」
すとんとアマネを丁寧に下ろし、続けてコマリの頭をなで回すマユナ。当のコマリは全くのノーリアクションだった。
「……おはようございます。刻様」
「ん……おはよう」
短い言葉を交わすランセとコマリ。
ふと――ランセはあることに気付き、眉根を寄せる。
「遠見。ちょっといいか」
「なんでしょう」
「その……刻様って呼ぶのは止めてくれ。落ち着かないというか……オレは別にお前より目上の人間じゃない」
「承知しました」
注意、というよりかは遠慮がちに言って聞かせるランセに、コマリはいつも通り機械的にうなずいた。
そのやり取りを見て、アマネは目を細める。
「目上の人間ではない……か」
「……なんだよ」
「いや、お前がそうありたいならそれでいい」
それはすくなくとも、ランセがコマリを目下の人間として扱わないことの表明でもある。
アマネにはそれが嬉しかった。
今のコマリにはそういう人間が一人でも多くいた方がいいと考えていたゆえに。
「しかし……そうするとコマリはお前の呼称を失うことになる。代案を用意してやれ」
「あー……そうなるのか」
アマネに言われ、頬杖をつくランセ。
思案は数瞬。左目だけでコマリを見やる。
「……ランセでいい」
「承知しました。ランセ」
コマリの返答に、ランセは小さくうなずいた。
名字を選ばなかったのは、『
「ねーねーコマリン。そういえばお姉ちゃんはなんて呼んでくれるの?」
不意に気になったのか、コマリに尋ねるマユナ。
「乙海様」
ごく短い返答に、マユナは小首をかしげた。
「んんー……それはそれで悪くない気分だけどちょっとカタいかなー……せっかくだからお姉様って呼んで!」
「しれっとお前の嗜好を押し付けるな」
コマリに図々しい要求をするマユナに、ランセは自分の席に提げていた袋入りの木刀を手に取りぐにに、とマユナの頬を突く。
無言でアマネに視線を向けるコマリ。
対して、アマネは「呼んでやれ」という風に肩をすくめた。
「お姉様」
「ウホーーーーーっ! お姉ちゃんに新しい妹が爆誕した瞬間であったァァァァァ!!」
よほどコマリに『お姉様』と呼ばれたのが嬉しいのか、マユナは満面の笑みでコマリの頭をなで回した。
しかし――
「遠見。コイツはゴリラでいいぞ」
「えっ」
ランセのインターセプトに、意表を突かれるマユナ。
無慈悲な提案が即座にコマリの思考を書き換える。
改めて、コマリの昏い瞳がマユナを捉えた。
「ゴリラ」
「…………………………」
甘美なひとときが
マユナは意図せずワサビ寿司でも食べてしまったかのような、悲壮感もともなう渋面を浮かべた。
「うん……あのね、ランセちゃんにゴリラって言われるのは別にいいの。慣れてるから。でもね……コマリンに言われるのは…………その…………なんていうか…………つらい…………」
仕事に疲れ果てたサラリーマンを彷彿とさせる独白だった。
「ってゆーかランセちゃんどうしてそんなこと言うの!? お姉ちゃん的にいいトコロだったのに!」
「いや……」
ぷんすかと憤慨するマユナに、ランセは一息置いてから答える。
「単にお前が舞い上がってるのが気に入らなかった」
「正直」
申し訳なさそうに直球を投げつけるランセに、マユナはそれ以上なにも言い返せなかった。
結局、マユナもコマリから呼び捨てにされることとなった。
[オマケシモ(2):終]
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