暴風(6)

          ☆    †    ♪    ∞


         [翌日]

   [午後一二時五六分]

           [公立春日峰高校 剣道場]


「お前から私と二人になりたいとはな」

「…………」


 昼休みに入ってすぐ、アマネとランセは他に誰もいない剣道場へと足を踏み入れた。

 普段は授業と部活でしか開放されない剣道場だが、アマネの提案によってランセは体育科の教師に頼んで昼休みの間だけ剣道場を利用していいという許可を得ていた。


「マユナがあっさり引き下がったのは意外だったが」

「……アイツは基本的にバカだけど、空気は読める」


 戸を閉め、下駄箱に脱いだ上履きと靴下を置いて剣道場に入るランセ。その手にはいつものように中身が入った木刀袋が握られている。

 アマネは靴下を履いたままだった。


「では、お前の用件を聞こう……といっても、察しはつくが」

「聞きたいことが三つある」


 剣道場の中央で対峙する二人。

 アマネの表情はいつも通りの大人びた余裕をたたえていたが、ランセの方はいつも以上にその表情を険しくしていた。


「二つまでは解るぞ。お前とコマリが昨日遭遇したという超能力者のことだろう」

「……ああ」

「コマリから報告は聞いた。それを鑑みるに……恐らくその超能力者は星人でも怪人でもなく地球人だ」

「地球人っていう根拠は?」

「昨日の凶行が人目につきすぎるからだ」


 ランセの問いに即答するアマネ。

 だんだんと、その表情から余裕が失せていく。


「星人や怪人の犯行は隠密にして静謐であることが常道だ。発覚した時点で星間連盟われわれが即刻に追跡、処断するからな。だが……地球人が相手となると話は変わってくる。地球観光条約の一つに『内不干渉の原則』という項目があって……簡潔に言えば星間連盟われわれは先に危害を加えられない限り地球人を処断する事はできないのだ」

「……じゃあ、超能力があっても地球人なら……星間連盟おまえたちの目を気にする必要がないってことか」

「うむ。加えて今の日本……いや、地球上では超能力による犯罪など立件や立証もできまい。それどころか地球人が独力でその超能力者を拘束することすら至難だろう。天敵や抑止力がない――それを理解しているからこそ勝手ができる」


 小さく溜息をつくアマネ。アマネ自身、ランセとコマリが遭遇したという超能力者を放っておきたくはない。

 だが条約は守らねばならない。それは地球人だろうが異星人だろうが同じだった。


「私や他の星人観光客に対し明確に敵対するならやりようはあるが……期待はできないな。星人は星人と怪人ならば対処できるが、地球人は地球人でしか対処できない」

「…………」

「無責任と思うか?」

「いや……」


 かぶりを振るランセに、アマネはすこしだけ嬉しそうに目を細めた。

 それに気付いたランセはいぶかしげにアマネを見据える。


「……なんだよ」

「ああ……すまん、なんでもない。二つ目の用件は……コマリだな?」

「……単刀直入に聞くぞ。遠見は……怪人なのか」

「そうだ」


 なんの含みも持たせず答えるアマネ。


「……私が星人であることはともかく、コマリが怪人であることはなるべく伏せておきたかったがな。コマリは外見こそ常人だが、体組成の八割以上が地球人のそれと酷似した別物で――」

「――お前が作ったのか」


 ランセの言葉がアマネに切り込む。

 二人の間に流れていた空気が一気に凍りつく。


「……そうだと言ったら?」

「オレはお前を許さない」

――が、答えは違う」

「……だろうな」


 ランセの返答に満足したように微笑むアマネ。ランセも小さく肩をすくめる。

 ランセはアマネが気に入らない――が、アマネがそんなことをする星人ではないということもすでに理解していた。


「今から一年ほど前だったか、国内で秘密裏に怪人を研究、生産していた星人組織の存在を突き止めてな。私や他の星間連盟に所属する武闘派数名で叩き潰したのだが……そこで保護したのがコマリだ」

「……怪人の存在は許さないんじゃなかったのか」

「特例だ。いくつかの条件を呑むことでコマリを私の監督下に置くことが連盟から許可されている。万一……コマリが地球人の手に渡るようなことがあれば私も相応の責任を取らねばならん」


 ふと、アマネの表情が冷たくなる。

 相応の責任――ランセはそれ以上聞きはしなかったが、すくなくとも生温い内容ではないだろうと、アマネの表情から読み取った。


「……なんで遠見を保護した」

「うむ。私が地球に逗留するにあたり、常に私に随行できる護衛と侍従が欲しかったからだ。コマリはいいぞ。お前と違って反抗的ではないし、お前と違って私の命令はなんでも聞くし……融通は利かないが……それとお前と違ってかわいいしな。私ほどではないが」


 ドヤ顔を決めるアマネに、ランセは唾を吐きたくなった。

 ここが剣道場でなければ多分吐いていた。


「……遠見のことはだいたい解った。怪人とはいえお前の監督下にあるなら……悪事に加担することも、利用されることもないだろ」

「ほう……私とコマリを信用するのか?」

「遠見はともかく、お前は気に入らないけどな」

「うむ。それで構わん」


 可能な限り嫌味を詰め込むランセに、頬を緩めるアマネ。

 ほとんど「嫌いだ」と言ってるようなものなのに、それでも楽しそうにしているアマネが――どこか、ランセはやはり気に入らなかった。


「さて、最後の用件は私も解らんが……聞こう」

「…………」


 言われて、ランセは視線を落とした。

 それを問うには、ある種の覚悟が必要だった。




「オレは………………強いのか?」

「…………」




 ランセの問いに、アマネの表情から笑みが消える。


「……強いとも。お前ほどの歳で達人の域まで練磨された技を持つ者などそうはいないだろう。だが――それはあくまでも地球人の尺度に収まる強さに過ぎない」

「……!」


 アマネは包み隠さず事実を告げた。

 ランセがそれを望んでいることを理解しているからこそ。


「昨日の超能力者に、対抗できる気がしなかったのだろう?」

「…………」

「恥じることはない。超能力とは本来地球人に備わる潜在能力でありながら、今の地球人社会にあってはならない枠外の力だ。お前とはまったく――生半可な怪人よりも難敵と言える」


 事実を受け止める覚悟をもっての問いであるならば――厳然たる事実を突きつけてやるのが筋。

 アマネは続けて口を開いた。


「だからこそ断言できる。お前がこの先、剣に一生を捧げても超能力者に対しお前の剣は一寸も届かん。力の質――次元が違う。諦めろ」


 明確に、そして冷酷に告げる。

 鋭い氷柱つららに似た言葉が、ランセに突き刺さる。

 しかし――


「……それでも……オレは、あの時逃げることしかできなかったオレ自身を許すわけにはいかない……!」


 ――ほのおは消えない。


「もっと強くなりたい……力が欲しい……せめて……」


 言いかけたランセの脳裏に、コマリの残像がよぎる。

 あの時、ランセに先んじてガスマスクの攻撃を受け、なにも言わずランセを見た――あの瞳。


「――せめて、自分の身を守れるくらい……強くなりたい」


 視線を落としながら、まるで祈りのようにつぶやくランセ。

 アマネは数歩ランセに歩み寄り、下からランセの顔をのぞき込んだ。


「……なんだよ」

「……素直ではない奴だな。お前は」


 からかうように微笑みながら、アマネはランセに背を向ける。

 無知からくる蛮勇とは違う、確固たる意志を持って理不尽に立ち向かう勇気――それは

 アマネの中で、ある一つの絵図が完成した瞬間だった。


「――あるぞ。ただの地球人であるお前が、超能力者のみならず怪人や星人とも渡り合うための術が」


 その言葉に、ランセの眼が見開く。


「お前がそれを求めるならば、その剣を以て私に誓言を立てろ。そのためにここを選んだのだからな」

「…………っ!」


 ならば――とばかりに木刀袋から木刀を抜き放つランセ。

 これ以上は剣を以て語れと言うなら、もう言葉は必要なかった。




「――――来い」




 少女の姿をした怪物が笑う。

 それでも――ランセは迷いなく踏み込んだ。

 弱い自分を超えるために。

 守りたいものを守る強さを得るために。

 その一歩は、自分を変える一歩だった。


                           [暴風:了]

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